地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

 深圳北駅から高速鉄道に乗り、廈門北駅に到着した頃にはすでに夜の9時を回っていた。廈門北駅は市街地から離れている。市街地まではBRT(専用軌道を走るバス)で、40分もかかってしまった。途中の駅で降りて、ホテルを探し出す。チェックインし、部屋に荷物を置く。お腹が空いた。さて、晩ごはんを食べよう。しかしもう10時半だ。果たしてこんな時間に下調べもしていないのに、おいしいものにありつけるのだろうか。時間が時間だし、疲れていたから、あまり歩き回りたくはない。宿の近くの開いているお店なら、どこでもいいから入ってみよう。

IMG_0374
【2015.10.28】潮汕一品砂鍋粥

 潮汕一品砂鍋粥。「潮汕」とは、福建省に接する広東省沿岸側の最東部にある潮州市、汕頭市地域のことをいう。お店の中に入りとりあえず座る。せっかくだから、少し高いものを注文してみようか。「蟹」という文字が目に入る。蟹のお粥か。いいじゃないか。「花蟹粥」を注文する。あとで調べてみると、「花蟹」とは日本ではシマイシガニ(縞石蟹)と呼ばれるもので、広東省や福建省や台湾で重宝される食材だという。

IMG_0362
【2015.10.28】食器

 食器が出てくる。完全に消毒されている。中国はどうやら、衛生意識が非常に高いようだ。ビニールに入っているから心配がない。中国のことをいつも疑ってかかる人たちは、「消毒せずにビニールだけを張っている。」だとか「食器に高濃度の塩素が残っているのではないか。」だとか、あらゆる可能性を口にするだろうけれども、僕はそのようには思わない。感心してしまった。

 お店の壁に目をうつすと、砂鍋粥についての説明がかいてある。

潮州砂鍋粥
 起源于潮州牌坊附近的砂鍋粥,至今已有數百年的歷史,據史料記載,早在周代就有“仲秋之月養衰老,行糜粥飲食”;清代的營養學家曹燕山撰寫的《粥譜》中都提到砂粥的養生之道加以適當佐料煲的粥能起到調理營養易于吸收,是食療之佳品,有和胃,補脾,養心,清肺,益胃,補肝,消喝,明目,安神等功效。古人對粥的煲法很講究 - 火候及器皿(砂鍋),相傳乾隆年間宮廷砂鍋爲潮州宮窯所產,且當時砂鍋粥在潮州已頗有名氣,后經代代相傳,沿襲至今 - 故有潮州砂鍋粥的美稱。

潮州砂鍋粥
 潮州付近の砂鍋粥を起源とし、今日まで数百年の歴史を持つ。史料によるとすでに周代から、中秋の名月には老いをいたわるために、粒がみえなくなるほど煮詰めたお粥を口にしていたという。清代の栄養学者である曹燕山が記した『粥譜』においても、砂でつくった鍋で作ったお粥に適量の調味料を加え煮込んで調理したものは、体の吸収によく、また消化器官や感覚器官の働きを助け、リラックスの効果があるものだと言及されている。お粥を煮詰める方法は、かつてより多くの人の手により工夫されてきた。そのうち砂鍋は、乾隆年間には宮廷御用達の砂鍋の窯場が潮州にあり、当時より潮州の砂鍋粥は有名であったという。そのため「潮州砂鍋粥」という美称がつけられ、今日まで変わらぬことなくそう呼ばれているのである。

IMG_0368
【2015.10.28】花蟹粥
 
 しばらくすると花蟹粥がでてきた。沸騰してぶくぶくぶくぶく、いっている。そのようすを家族や友人に自慢したくて、スマートフォンでムービーを撮っているうちに、沸騰は終わってしまった。

IMG_0369
【2015.10.28】花蟹粥

 やさしい、体を労わってくれるような、上品な味。

IMG_0370
【2015.10.28】花蟹粥

 薄味ながらも、蟹の味がしっかりでていて、非常に美味だと思う。
 正直なところ、一人旅はいつも不安の連続である。中国はまだ2回目の訪問で、まだ旅慣れた地とはいえない。日本語はおろか、韓国語も英語も通じないこの地。中国語は中級程度までは勉強したけれども、もう忘れてしまった。この日は人生初めて中国の高速鉄道に乗車し、広東省の深圳から福建省の廈門までやってきた。意識はしてはいなかったものの、やはり緊張はしていたと思う。そのような一日の最後を、このような優しい味のお粥が僕をねぎらってくれたのだから、感動ひとしおであった。廈門、いいところだなあ。
 あたたかいお粥を口にして元気になると空腹がはっきり自覚されたのか、お粥だけでは少し物足りないような気がして、もう一皿注文しようと思った。メニュー板に「炒青菜」とあったのでそれを注文したのだが、どうやら野菜の種類を指定しなくてはならないようだ。僕の中国語の水準では、野菜の名前をそらんじることはできない。困っていたところ、お店のお母さんはこのように紙に書いて提案してくれた。

IMG_0366
【2015.10.28】筆談

店員:「蒜蓉炒空心菜可以嗎?(空心菜のニンニク炒めでいいですか?)」
僕;「いいですよ^_^」

IMG_0372
【2015.10.28】空心菜

 夜11時だったからか、お客さんはあまり多くはなかった。お店にテーブルを出して、飲み交わしていたおじさんたちがいなくなって、奥の調理場の音と、店内のテレビの音しか聞こえなくなった。けれども、店員が忙しそうにしていたのは、どうやら、この出前の注文がたくさん入るらしい。調理したものを、せっせと息子が運転するバイクの方へと持っていき、荷台にくくりつけていた。
 お粥と空心菜をたいらげて、ああ、とてもいいお店に出会えたなあという気持ちで、宿へと帰っていった。

■一品砂鍋粥
住所:廈門市思明区斗西路52号之一
営業時間:午前11時~午前0時



 香港では、2017年より特別行政区行政長官選挙がおこなわれる予定であるが、2014年8月31日に中国共産党が、「行政長官の立候補者は共産党の下部組織の委員会の承認をうけなくてはならないこと、また、立候補者の人数は数人に限定されること」を発表するや、香港ではそれは真の普通選挙には当てはまらないとして、「我要真普選」のスローガンを掲げたデモ活動が活発化した。デモ活動の規模は徐々に大きくなり、9月26日からは、連日、市民を中心としたデモ隊は中環(セントラル)の道路を覆い尽くすようになった。雨が降る日には、セントラルは大勢の傘で覆われた。市民は、警察の催涙スプレーに傘で防御した。デモ活動はいつの間にか「雨傘運動」と呼ばれるようになり、「傘」はこの運動を象徴するアイコンとなった。
 けれども車両の通行が阻まれるなど、市民生活に影響のおよぶ「佔領中環」の規模は徐々に縮小化し、12月には香港警察により、完全に排除されてしまった。それから1年。真の普通選挙をめぐる動きには変化がないというのに、あの頃の熱気はもはや感じられない。

IMG_1418
【2015.11.2】中環(セントラル)にて

 もはや、運動の痕跡を物理的に残すものも、ほとんど見受けられないと思う。傘のマークはもうほとんど残されていない。Bank Of America Towerの前の陸橋にひとつ・・・。

友人「もうデモはしないんだ。違法になったから。市民の生活に影響が及ぶからって。傘のマークだって落書きとみなされて、政府の雇った環境美化員が消していってしまうんだ。」
僕「・・・。」
友人「無力感しかないよ。そうさ、これが香港の現実なのさ。」
僕「おかしいね。」
友人「言いたいことすら言えない。みんな、抑圧されてるって思ってる。」

IMG_1421
【2015.11.2】中環(セントラル)にて

 ひとつ、駐車場の壁にきれいな傘のマークが残っていた。なぜここだけ残っているんだろう、駐車場の所有者が残してくれたのだろうか。

IMG_1427
【2015.11.2】中環(セントラル)にて

 そして、友人に別れを告げ、空港鉄道に乗り、香港国際空港から東京へと帰る。6泊7日の旅行のラストシーンは、「やるせなさ」で飾られた。
 とはいえ、雨傘運動の灯が完全に消えてしまったのかといえばそれは違う。11月22日に、運動後初めて行われた1人1票の地方選で、デモに参加した8人の「傘兵」と呼ばれる若者が当選したという。雨傘はこれからも、香港に灯りつづけるであろう。



友人:「次、行くお店は飲み物売ってないから、まずコンビニ行って、買ってこよう。」
僕:「オッケー。」
---
僕:「これにしよう。」
友人:「お~いお茶?日・本・人!」

 そう、香港には「お~いお茶」があるのだ。お~いお茶購入後に向かったのが、「四季煲仔飯(Four Seasons Pot Rice)」というお店。「煲仔飯」とは、釜飯とか土鍋飯のことで、広東料理のひとつである。香港ではかなりの有名店らしく、10分ほど待つことになった。夕方から深夜まで営業しているそうだが、特に冬、夜10時を過ぎてから来ると、30分、40分待つのが普通だという。香港は忙しい都市なのに、30分、40分待つことは厭わないらしい。

IMG_1380
【2015.11.2】看板

 道路の標識をお店の看板として利用している。道路標識を私用してよいのだろうか。「車両進入禁止」を意味する道路標識が、「ココ四季煲仔飯アリ、止マレ。」というメッセージを発信しているかのようである。
 蠔餅(牡蠣入りオムレツ)と煲仔飯を注文する。あつあつの蠔餅をつまんでいると、10分くらいして煲仔飯が出てきた。

IMG_1364
【2015.11.2】土鍋

 おう、なんだか、亜熱帯の食べ物とは思えない見た目である。

IMG_1369
【2015.11.2】椎茸と鶏肉の煲仔飯

 僕が注文したのは、北茹滑雞飯(椎茸と鶏肉の煲仔飯)。蓋を持ち上げると、湯気とともに現れた、ぷるんぷるんの椎茸と鶏肉。はやく食べたいなあ。しかし、友人はまだ早い、手を付けるなという。テーブルに置いてある特製醤油をかけて、もう一度蓋をして、1紛ほど蒸らす。

IMG_1370
【2015.11.2】骨付き豚バラ肉の煲仔飯

 友人が注文したのは、排骨飯(骨付き豚バラ肉の煲仔飯)。見た目はややグロテスクかもしれないけれども、これもなかなか、おいしそうだ。北茹滑雞飯は47HKD(約745円)、排骨飯は39HKD(約620円)。友人曰く、値上げされたという。この前来た時はそれぞれ、45HKD、37HKDだったはずとのこと。

IMG_1376
【2015.11.2】おこげ

 おこげ。ああ、これがうまいんだよね。香港人もやはり、おこげが好きらしい。これで今まで、日本人と韓国人と香港人の口からおこげが好きという言葉を聞いたことになる。東アジアおこげ文化圏を創設しようではないか。
 味は、椎茸に鶏肉に生姜に醤油ということで、日本人にとってはもはや外国の料理という範疇に入らないと思う。 お米はタイ米なんだけれども、タイ米であることを意識することのない、炊き上がり方なのである。タイ米も、このように食べることができるのか、と驚いた。ところで香港で消費されるお米の多くは、中国本土ではなくタイから輸入しているそうだ。タイ産のものの方が低価格で味がよいと香港人はいうものの、そこには中国への不信感というものが少なからずあると思う。

IMG_1374
【2015.11.2】店内

 店内は香港らしく、非常に狭い。椅子と椅子の間には、人ひとり通る隙間すらないため、他のお客さんが入ってきたり、店員が土鍋を持ってくるたびに、椅子を引かなくてはならないから、落ちつかない。そして食べ終わったら、すぐに帰らなくてはならない。くつろぐ時間はくれない。
 ちなみに、テーブルの上にはお茶が置いてあるが、これは取り皿や箸などの食器を洗うためのお茶であって、決して飲んではならない!
 いくら食べても飽きのこなさそうな味だから、次回の訪港時にも、ふたたび挑戦したい。

■四季煲仔飯(Four Seasons Pot Rice)
住所:油麻地鴉打街46-58號
MTR荃灣綫油麻地站C出口から徒歩3分

■香港グルメ一覧
#0034.深水埗「公和荳品廠」 - 百年伝統の豆花
#0035.深水埗「合益泰小食」 - 行列のできる腸粉の名店
#0041.油麻地「四季煲仔飯」 - 心あたたまる香港の土鍋飯



 ふと思う。自動車や電車の窓からの景色は「車窓」というが、飛行機の窓からの景色はなんていうんだろう。飛行機は「車」ではない。調べてみると、「機窓(きそう)」という言葉を使えばよいという。
 飛行機に乗り慣れた人は、窓側よりも廊下側を好むという。トイレに行くのに苦労しないからだ。窓側に座ってしまうと、トイレに行くときに苦労する。もし廊下側に座っている人が寝てしまったらどうだろう。
 けれども、ソウル(仁川)発タシュケント行きでは、窓側を選択した。そもそも搭乗率が3分の1ほどだったし、隣に座っていたのは友人だったから、窓側であれ、廊下側であれ、トイレ問題は重要ではなかった。7時間半に及ぶ飛行。中国の沿岸部から、内陸部、新疆ウイグル自治区、そして、キルギス、ウズベキスタン、みたことのない景色が眼下に広がり、興奮した。

IMG_4268
【2014.7.14】中国のどこか

 どこだろう。木、ひとつない都市。人生、初めて目にする砂漠でもあった。砂漠といえば砂の広がるだだっぴろい平野のイメージがあったが、砂漠にも山あり谷ありで、思ったよりも地形の変化が豊富だった。考えてみれば当然のことだけれども、直接目にするまでは、思いつかなかった。

IMG_4287
【2014.7.14】中国のどこか

 これもまた中国のどこかだ。それにしても中国は広い。新疆ウイグル自治区ひとつとっても、日本の4倍を超える面積を有する。

IMG_4296
【2014.7.14】中国のどこか

 午後5時半に離陸し、飛行機は西へ西へと進む。東側からせまりくる夜を逃れ、太陽を追いかけていく。いつまで経っても日が沈まない。

IMG_4300
【2014.7.14】天山山脈

 離陸から5時間が経過した。ようやく、天山山脈が見え始めたが、まだ中国だ。7月の中旬にして山頂には雪が積もっている。万年雪だろうか。万年雪というものも、機窓ではあるが、人生初めて目にした。

IMG_4326
【2014.7.14】天山山脈

  山々はさらに高くなり、峰にはさらにたくさんの雪がみえるようになる。中国とキルギスの国境は7000m級の山々が連なっているという。どうやら、キルギス領に入ったようだ。

IMG_4328
【2014.7.14】天山山脈

 エンジンが夕焼け色に染まっている。キルギス領からウズベキスタン領に入ると、山々に囲まれたフェルガナ盆地という盆地がみえてきた。そして着陸態勢に入るころになり、東からせまりきた「夜」に追いつかれ、機窓はみえなくなってしまう。
 着陸前の軽食として小さな長方形のチーズのピザが出されたが、前に座っていたウズベキスタンのおじさんが「いらないからあげるよ。」というので、ありがたくいただく。友達と話すのも、ウズベキスタンのおじさんたちと話すのも楽しかったし、機窓は絶景の連続であったが、7時間半のフライトはやはり短くはなかった。

2014年 夏ウズベキスタン7泊8日
◀前の旅行記:#0039.ウズベキスタンの税関申告書 
▶次の旅行記:#0046.タシュケント国際空港というひどい空港


↑このページのトップヘ