地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

 いよいよ、金頂だ。武当山で一番標高の高い、天柱峰の頂上にあり、最高海抜は1612mになる。南岩から約2時間半の道のりだった。4.5kmとあったが、そのうちの半分の距離はすべてが階段であるため、楽な道のりとはいえない。

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【2016.2.16】金頂

 金頂付近は混み合っていた。南岩から徒歩で登ってくる人に加え、瓊台からロープウェイを利用して登ってきた人とが合流するからである。午前10時半にしてこの程度の混みようである。人混みが嫌いだというなら、日の出とともに出発するのが賢明かもしれない。
 金頂にも宿があり、宿併設の食堂があった。ちょうどロープウェイ乗り場の横に、「武當山金頂貴賓樓(武当山金顶贵宾楼)」というのがある。少しお腹が空いていたから、ここで食事をとることにした。食堂の規模は小さく、4人が座れるテーブルが3つか4つあるくらいだった。ストーブはあったが、食堂の隅で衛星放送の時代劇をみているおばさんの足元を温めているだけで、室内全体を温めてはいなかった。そこにいる人はみな、食堂内ではダウンを着こんでいた。メニューをとりにきた若い女性も例外ではなかった。百貨店の職員がみな制服のようにダウンを着こんでいた武漢と同様、湖北省では暖房はあまり使われているようすはなく、室内でもとにかく着込んで寒さをやり過ごすようだった。山を登ってくる時は体が十分、温まっていたけれども、座ってしまうと急に体が冷えてしまう。温かいお茶でなんとか体を温かくする。

IMG_3850【2016.2.16】昼食

 野菜をふんだんに使った麺料理がおいしいとおすすめされたので、注文する。武当山は道教の聖地であるため道教食の影響なのか、それともただ山中にあるからなのか分からないが、とにかく野菜を活かした食べ物が多い。しかしながら、香辛料の味付けがしっかり効いているからなのか、さほど質素という感じはなく、平らげると満腹感がある。今思えば、今回の中国旅行で、この昼食が一番おいしかったように思う。おそらく、寒い山中を歩いてからようやくありついた一杯だったからだろうが。

IMG_3852【2016.2.16】金頂からの景色

 見渡す限り、ずっと山だ。

IMG_3855【2016.2.16】階段

 たくさんの人がいる。もし、人間雪崩でも起こしたら大変なことになるに違いない。しかし、武当山で人間雪崩が発生し、たくさんの死者が出たというニュースは聞いたことがないから、これくらいなら大丈夫なんだろう。

金頂表

 27元(約460円)を支払う。

金頂裏

 それは本当に美しい景色だった。

IMG_3859【2016.2.16】金頂

 あまりにも美しくて、目がうるんでしまう。何が美しいのかというと、その空の青さも、歴史的な建築物もそうだったけれども、空を舞う灰だった。

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【2016.2.16】香炉にお供え物ををいれる人

 入口には香炉がある。たくさんの参拝者がもってきた赤い紙袋に入った紙のお供え物(金紙)を、ここで、係員が受け取り、袋ごと香炉へと放り込む。

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【2016.2.16】香炉にお供え物ををいれる人

香炉の中で燃えさかえる火は、全てを一瞬で、灰にする。

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【2016.2.16】香炉

 それから、香炉は灰を吹き出す。炎に温められた空気は上昇気流を為し、灰を宙高いところへと放り上げる。

IMG_3862【2016.2.16】空を舞う灰

 宙に舞い上がった白い灰が、頭上を降り注ぐ。あたかも雪のようだと思う。晴天に降る雪などないけれども、そういう非現実的な光景をみているような、神秘性を感じる。それが、あまりにも非常に美しいのだ。

IMG_3902【2016.2.16】空を舞う灰

 灰が降り積もって、香炉の屋根は真っ白になっている。時々、香炉の中では燃えきらなかった紙片が火をともなったまま宙を舞うけれども、人の頭の高さに落ちる前に完全に燃え尽きて、それもまた灰となってしまう。
 たくさんの人が赤い紙袋をもって山を登る。そして最後には、このような神秘的な景色を作って消えてしまう。ああ、儚い。人間の信仰というものは驚くほど美しい景色を作る。それは、中国も例外ではない。ああ僕も、紙袋ひとつ携えて、山を登ってくるべきだった。

IMG_3906【2016.2.16】入場を待つ人々

 こうして晴天の雪に降られながら、 たくさんの人とともに扉が開くのを待った。

■武当山旅行記
#0148.武当山旅行記1 - 武当山へと入山する
#0149.武当山旅行記2 - ここは仙人の住む里か
#0150.武当山旅行記3 - 武当山で迎える朝
#0151.武当山旅行記4 - 南岩から金頂へと登っていく
#0152.武当山旅行記5 - 神秘の灰が降る金頂
#0153.武当山旅行記6 - 金頂で大吉を引く
#0154.武当山訪問記7 - 五行糕を食べてからロープウェイで下山する
#0155.武当山旅行記8 - 太子坡、そして下山



 出発する。 それにしても寒い。2月、標高1000mを超える山中。金頂まで行けば海抜1600mを超える。しかし、登山道に氷が張りついていたりとか、そういうことはなかった。真冬には樹氷がみられるほど気温が下がるそうだが、そういう気配はもうなかった。武当山は2月の中旬にもなればもう春なんだろう。
 南岩から金頂までは距離にして約4.5kmとの表示があるが、どれくらいの時間がかかるかは未知数だった。

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【2016.2.16】登山道

 すでにたくさんの参拝客が金頂を目指していた。

IMG_3787【2016.2.16】崖に建てられた建物

 よくみると、崖の奥まった場所に建物が建てられている。最盛期、武当山には2万もの道教関連の建築物が建てられていたというから、こういった建物がもっとたくさんあったのだろう。今も、あの建物は利用されているのだろうか。そもそも、あの建物にはどうやって行くんだろうか。どうやって行くのか分からないところに、どうやって建築資材を運んで、どうやって建てたのだろうか。クレーンも重機もない時代に。

IMG_3799【2016.2.16】寺院

 途中、いくつかの道教寺院を通っていく。

IMG_3800【2016.2.16】登山道

 登山道はよく整備されてて、特別な登山靴は必要にならない。中国人もふだん、街で履いているようなスニーカーで歩いていた。とはいえ、ふざけていると、崖下へと落下しかねない場所もあるので注意が必要だ。

IMG_3804【2016.2.16】南岩宮

 南岩宮が見える。よくもこのような崖の上に、建物を建てる場所を見つけたものだと感心する。
 天気は曇っていたが、それはそれで風情がある。中国で水墨画というものが発達した理由がよくわかる。ある文化圏の美術というものは、その土地のランドスケープを非常によく反映していると思う。

IMG_3806【2016.2.16】氷柱
 
 氷柱がみえる。山道を歩いていると体が温まり、防寒具の下に汗をかくくらいなんだけれども、氷柱をみるとやっぱり寒いんだと思う。

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【2016.2.16】山道

 途中、生活物資を担いで南岩方向へと向かう中国人とすれ違う。生活物資というのは、売店で売るペットボトル飲料だとか、ガスボンベだとかさまざまであった。南岩から先は車両が入れないから、こうやって人が運んでいるんだろうけれども、健脚だなあと感心する。
 山道には時折、売店などがあり休めるようになっている。

IMG_3817【2016.2.16】山道の売店
 
 各売店の2階には鴨などの干し肉がぶらさがっていて、生活感に滲み出している。ちなみにこれらの建物の2階は宿にもなっていて、宿泊することができるようである。「今日有房(今日、部屋あります)」という表示がたくさんみられた。干し肉を眺めながら、山中に宿泊することができるのだろうか。どなたか、挑戦されたし!

IMG_3819【2016.2.16】山道

 半分くらい進むと、階段がずっと続くようになる。南岩から金頂までは距離にして約4.5kmではあるが、その半分は全てが階段なのである。階段を2km以上、進まなくてはならない。そう、山頂へと向かうこと自体が修行なのだ。
 それにしても、中国の人たちは老若男女問わず、健脚だ。普段、街の中を歩いているような身なりでこの階段を休むことなくどんどん登っていくのだ。もし子供がダダをこねたりしたら、お母さんが子供を背負って、階段を登ってしまうのだ。日本人にこのようなたくましさがあっただろうか…。
 たくさんの人たちが赤い紙袋を片手に階段をのぼっていた。最初は何かと思っていたが、のちに、道教寺院で燃やす、紙のお供え物であることが分かった。金紙という、神様に捧げる「お金」なのだ。
 朝天宮というところに到着する。

IMG_3826【2016.2.16】朝天宮

 ここでしばらく休憩する。

IMG_3830【2016.2.16】朝天宮

IMG_3832【2016.2.16】朝天宮

 ちょうどおじさんが林檎を売っていたので、ふたつ買った。ひとつは剥いてもらってその場で食べることにした。ポケットから鍵束か何かを取り出したと思ったら、そのうちひとつが万能ナイフになっていて、器用に皮を剥いて、万能ナイフに串刺しにしたまま渡してくれた。よくみたら、鍵束も一緒についていた。たしかに、その状態でかぶりつけば手は汚れないんだけれども、鍵束ごと食べなさいと渡すのは、なんだか日本では体験できそうもない風情である。林檎はおいしかったけれども、座っていると体が冷えてしまう。さっさと食べて、万能ナイフを返し、金頂を目指した。

IMG_3838【2016.2.16】山道

 だんだんと、空が晴れていく。

IMG_3842【2016.2.16】山道

 そうすると、遠くに金頂の建築群が姿をあらわした。もう一息だ。

IMG_3844【2016.2.16】山道

 とはいえ、見えてからが遠かった。巨岩の間を黙々と登っていかなくてはならない。しかしばててはならない。中国人に負けるものかという大和魂を燃やして、早足で登っていく(笑)

■武当山旅行記
#0148.武当山旅行記1 - 武当山へと入山する
#0149.武当山旅行記2 - ここは仙人の住む里か
#0150.武当山旅行記3 - 武当山で迎える朝
#0151.武当山旅行記4 - 南岩から金頂へと登っていく
#0152.武当山旅行記5 - 神秘の灰が降る金頂
#0153.武当山旅行記6 - 金頂で大吉を引く
#0154.武当山訪問記7 - 五行糕を食べてからロープウェイで下山する
#0155.武当山旅行記8 - 太子坡、そして下山



 朝7時前には目を覚ます。とはいえ前日には夜8時前には寝入っていたので、11時間睡眠をとっていたということになる。

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【2016.2.16】部屋の窓から

 東の空を除いて、空はすっかり分厚い雲に覆われている。昨晩は星がよくみえていたことを考えると、寝ている間に雲がたちこめてしまったようだ。
 7時半から朝食だというので、食堂へと向かう。

IMG_3779【2016.2.16】朝

 まだ7時半だったがすでに観光車が運行していて、標高の低いところからせっせと参拝客を運んでいた。南岩までやってきて、金頂へと向かう人たちだろう。中国人は朝から、元気がいい。いや、それも当然か。どうせ夜になるとすることもない山の中。早く寝て、早く起きたんだろう。朝早くから修行に励む道士のすがたが見られたらいいなと期待していたが、南岩の宿の周辺では見ることができなかった。このあたりはあくまでも観光地であることに徹しているように思った。
 宿の朝食で出されたものはまず、ジャージャー麺。

IMG_3784【2016.2.16】ジャージャー麺

 それからゆで卵と、小米粥という粟のお粥だった。

IMG_3785【2016.2.16】ゆで卵と小米粥

 中国の山荘の朝食とはこのような感じなのだろうか。小米粥は薄味だがほんのり甘味があって、とても食べやすかった。しかし、胃に刺激の強い辛い味のジャージャー麺と胃に優しい小米粥という取り合わせは極端なようにも思える。
 さて、この日、武当山をどう回ろうか考える。

武当山地図【2016.2.16】武当山

 現在は南岩にいる。武当山の主な見どころは、南岩、南岩から金頂へと向かう道、金頂、瓊台、太子坡、逍遥谷(太子坡と紫霄宮の間のあたりにある)、紫霄宮があるが、この日は午後6時44分に武当山駅を出発して西安へと向かう列車に乗らなくてはならないから、午後4時には宿に預けておいた荷物を引き取って下山したい。全ての見どころを回ることはできないと思う。1泊では不足だったか。じっくり見まわるなら少なくとも2泊は必要だ。旅行の計画が駆け足気味だったとこは否めないと思う。
 とりあえず、山頂にあたる「金頂」へと歩いて登ることにした。それからロープウェイで瓊台に降り、観光車で太子坡経由で南岩まで戻ろうか。そう心に決めて、宿を出発した。

■武当山旅行記
#0148.武当山旅行記1 - 武当山へと入山する
#0149.武当山旅行記2 - ここは仙人の住む里か
#0150.武当山旅行記3 - 武当山で迎える朝
#0151.武当山旅行記4 - 南岩から金頂へと登っていく
#0152.武当山旅行記5 - 神秘の灰が降る金頂
#0153.武当山旅行記6 - 金頂で大吉を引く
#0154.武当山訪問記7 - 五行糕を食べてからロープウェイで下山する
#0155.武当山旅行記8 - 太子坡、そして下山



 宿で少し休んでから、宿周辺の南岩を散策する。南岩宮と呼ばれていて、唐代以降、たくさんの道士が修行にいそしんだといい、最盛期は1000人にも達したそうである。

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【2016.2.15】南岩宮

 仙人でも現れそうな絶景だ。バスで上ってきて、すぐ、この景色に出会えてしまう我々は幸せなのだろうか、不幸せなのだろうか。昔だったら麓から30kmもの山道を登ってこないと出会えなかった景色、もっとありがたいものだったに違いないし、この秘境を修行の場として選んだ理由もよく分かる。
 現在も武当山ではたくさんの人が道教、太極拳(武当拳)の修行に励んでいて、中国全土、そして世界中から人がやってくるそうだが、南岩宮自体は観光地となっていて道士のすがたは見られなかった。現在は山中に数ある、武術学校などに修行の場は移されているようだ。

IMG_3711【2016.2.15】南岩宮

 左の赤い建物が「玄帝殿」で、右の崖に張り付いた建物が「石殿」だ。
 それにしても、こうも際どいところに建てたものである。人間には、限界、際どいもの、できるかどうか分からないものに挑もうとする習性があると思う。その習性は、文明を高度に発達させてきたわけだけれども、この南岩宮もまた文明の痕跡の片鱗なんだろう。驚かされる。

IMG_3721【2016.2.15】南天門

 南天門という門をくぐる。現在、南岩宮にある建築は明代に建てられたものが多い。

IMG_3725【2016.2.15】南岩の景色

 秋の紅葉シーズンにやってきたら、とても美しいんだろうなと思う。もし再訪するならば、秋に再訪しようと心に決める。

IMG_3732【2016.2.15】南岩の景色

 山道を歩いていく。山道といっても、階段がよく整備されているので、登山靴は必要なさそうだった。

IMG_3737【2016.2.15】南岩の景色

 こ貴重な文化財であるから使用しないでくださいとの説明があったが、どう使用するんだろう。よくみると建物の真ん中が黒く煤けているから、香炉だろう。ここで、紙製の供え物を燃やしていたのだと思う。最近は燃やしているのだろうか。
 玄帝殿へと続く入口をくぐる。

IMG_3738【2016.2.15】玄帝殿

 入どっしりと構えた玄帝殿が姿をあらわす。時の重みを感じさせ、人を圧倒する。やはり、中国はすごい。こういう重厚さは、日本の文化財にはあまりみられないものだと思う。

IMG_3752【2016.2.15】南岩の景色

 玄帝殿の裏手に、崖に張りついた石殿がある。南岩に現存する建物のうちもっとも古く、元代の建築物だという。

IMG_3756【2016.2.15】南岩の景色

 切り立った崖に挟まるように建てられている。

IMG_3758【2016.2.15】南岩の景色

 なかなか面白かったのがここにある「龍頭香」である。龍頭香は石殿から、武当山の金頂に向かって伸びていて、先に置かれた香炉でお香を焚けるようになっている。この香炉は幅30cmで、断崖絶壁を約3m伸びた先に置かれていて、これもまた人間の際どさに挑戦したがる習性ゆえに作られたものなんだろう。

IMG_3760【2016.2.15】龍頭香

 しかし、この龍頭香、明代に作られて以降、道士が誤って落下する事故し命を落とす事故が度重なったという。そのため17世紀、清代に、天の神様は慈愛に溢れている。重要なのは心だ。お香を焚くために、宝のように大切な命を粗末にすることを天の神様は望んではいらっしゃらないと文句とともに、お香禁止令が降りたそうだ。人間というのは面白い。その禁止令は400年近くが経った今も守られている。
 午後5時になると、寺院や登山道が閉じられ、宿へと戻ることとなった。せっかくだからおいしいものを食べようと、南岩にある一番、高級そうなホテルの食堂で食事をすることにした。(高級そうだったが、夕食は日本円でたったの500円ほどにしかならなかった。)

IMG_3775【2016.2.15】わかめと卵スープ

 わかめと卵スープ。

IMG_3776【2016.2.15】麻婆豆腐

 それから、麻婆豆腐。中国で麻婆豆腐を食べたのは初めてだった。「麻」という文字の通り、舌がピリピリと痺れる感覚があった。日本の麻婆豆腐は、それはそれでおいしいけれども、「麻」婆豆腐を名乗ることはできないように思う。

IMG_3777【2016.2.15】炒め物

 炒め物。お酢の味が強くきいていた。 味はホテルの水準からすると、もう少しよくてもいいのではないだろうかという感じではあった。
 武当山の山中では、夜間、特にすることがない。夜の7時には宿に着いて、シャワーを浴びてから、さっさと寝てしまった。その日は朝5時前に起床していたから、寝つきはよかった。夜間にすることが何もない環境というのは、規則正しい生活をとり戻すにはうってつけの環境だと思う。

■武当山旅行記
#0148.武当山旅行記1 - 武当山へと入山する
#0149.武当山旅行記2 - ここは仙人の住む里か
#0150.武当山旅行記3 - 武当山で迎える朝
#0151.武当山旅行記4 - 南岩から金頂へと登っていく
#0152.武当山旅行記5 - 神秘の灰が降る金頂
#0153.武当山旅行記6 - 金頂で大吉を引く
#0154.武当山訪問記7 - 五行糕を食べてからロープウェイで下山する
#0155.武当山旅行記8 - 太子坡、そして下山



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