地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

 ソニーセンター(Sony Center)へと向かう。

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【2017.3.15】ベルリンにて

  そこは、歴史的にはベルリンの中心にあったが、第二次世界大戦において破壊され、ベルリンが東西に分かれていた時には東ベルリンにおける西ベルリンとの緩衝地帯にあって開発がなされなかった土地を、東西ドイツ統一後、ベルリンの都市景観をドイツの「首都」として相応しいものにするべく、力を入れて開発された地域にある。

IMG_9474【2017.3.15】図書館

 ソニーセンター(Sony Center)へとやってくる。

IMG_9477【2017.3.15】ソニーセンターにて

 オフィス、ホテル、ショッピングの機能が複合した複合商業施設で、2000年に竣工した。

IMG_9478【2017.3.15】キリン

 ソニーはヨーロッパにおける本社を2000年にベルリンに移した。ベルリンが、西欧と東欧の接点にあって、ヨーロッパ全体におけるビジネス展開に、地の利があると考えたからだという。
 もともと、ソニーセンターはソニーによって保有されていたが、2008年に売却され、2010年には大韓民国国民年金の所有になっている。

IMG_9479【2017.3.15】看板

 看板には、

 소니센터에 오신 것을 환영합니다. 대한민국 국민연금
(ソニーセンターにいらっしゃったことを歓迎します。大韓民国国民年金)

 ベルリン在住も2年が経った友人は言う。
 友人 : 「ドイツでも、韓国語が分かると、いいことがあるもんだね。こういうことを知ることができる。俺は今まで、知らなかった」
 僕 : 「他に、ドイツで韓国語が分かると、いいことがあるだろうか」
 友人 : 「ほとんどないけれども、韓国からの留学生は少なくないから、彼らと意思疎通ができる」
 僕 : 「ベルリンに韓国人の友達がいるの」
 友人 : 「いるっちゃいるけれども、相当の変わり者だ。北朝鮮に憧れをもつような、韓国人なのだが」
 僕 : 「へえ」
 友人 : 「本人はまだ学生なんだけれども、年上の女性と結婚してね。彼女は韓国での仕事をやめて、ベルリンに来たんだって。家に遊びに行くと、おいしい料理でもてなしてくれる」

IMG_9480【2017.3.15】ソニーセンターにて

 所有が大韓民国国民年金になってからも、ソニーセンターの名前はソニーセンターであって、サムスンセンターになったりはしていない。

IMG_9481【2017.3.15】ソニーセンターにて

 ベルリンを代表する、複合商業施設のひとつだという。

IMG_9482【2017.3.15】ソニーセンターにて

 友人の、ドイツ人の友人とコーヒーを飲むことになった。
 コーヒー代はそのドイツ人の友人が払ってくれた。

IMG_9487【2017.3.15】ソニーセンターにて

 まだベルリンにやってきてからたった1日しか経っていないが、率直な感想を述べる。

IMG_9489【2017.3.15】ソニーセンター

 「ベルリンは首都ではあるが、思ったよりずっと小さな都市だった。都市景観は、共産主義国家のそれと似ているところもあって、かつてウズベキスタンやグルジア、アルメニアなどを旅行した時のことを思い出した」

 そう言うと、そのドイツ人は言う。

 「ベルリンはドイツの中でも、特殊なところだから、ね。ドイツの代表とは言い難いところだし、ドイツらしいことをどれだけ経験していけるかも、分からない」

IMG_9493【2017.3.15】ソニーセンターにて

 たしかに日本からドイツに旅行をするといって、それが首都とはいえ、まずベルリンを選択する人は多くはないと思う。ミュンヘンだとか、ケルンだとか、ロマンチック街道がある旧西ドイツ側の方がたくさん行かれているように思う。もちろんベルリンも、東西分裂と再統一の歴史など、現代世界史において重要な都市であって、非常に興味深いところではあるのだが、ドイツ人にとってはさほどドイツらしいところではないというのも、うなずける話である。


 ベルリンで留学生活を送っている友人は、春休みだったが、遅く寝て遅く起きる生活を送っていたから、朝から僕のベルリン観光には付き合わず、午後1時に合流することにしたのだった。
 冬のベルリンは、午後4時には日が暮れてしまうから、寝坊してしまうと太陽の光にはほとんど当たれないというが、3月になると昼が長くなって、そういう憂鬱さは軽減するそうだ。

IMG_9440【2017.3.15】ベルリンにて

 友人との待ち合わせ場所になっていたレストランへと向かう。
 大型建築物がたくさん立ち並んでいるあたりを通る。

IMG_9442【2017.3.15】図書館

 ベルリン中心にあるこういった地域は、かつて東ベルリン側にあった西ベルリンとの緩衝地帯が、東西ドイツ統ー後に開発されたものだという。

IMG_9445【2017.3.15】ベルリンにて

 まだ空き地もあって、全てが開発されているようではなかった。

IMG_9446【2017.3.15】ベルリンにて

 教会がある。

IMG_9447【2017.3.15】セント・マシュー教会(St.Matthäus Kirche)

 セント・マシュー教会(St.Matthäus Kirche)といって、1844年~1846年に建てられたが、第二次世界大戦中に破損し、修復されたという歴史を持つものだそうだ。今は、現代アートの展示施設として利用されている。

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 広々として、ゆったりとしている。

IMG_9453【2017.3.15】ベルリンにて

 約束の時間から少し遅れて、レストランに到着する。
 そもそも、初めてやってきたヨーロッパの都市であるというのに、住所だけを与えられて、午後1時ぴったりに待ち合わせようというのは、難しい。
 ヨーゼフ・ロート・ディーレ(Joseph Roth Diele)というレストランだった。レストランというと敷居が高いように感じられるけれども、カジュアルな身なりでふつうに入ることのできる一般的な食堂である。

IMG_9466【2017.3.15】店内

 店内はレトロで、その雰囲気を味わうためだけでも、訪問する価値があると思う。
 代表的なドイツ料理ともいえる、ザウアーブラーテン(Sauerbraten)を食べる。

IMG_9456【2017.3.15】ザウアーブラーテン

 ザウアーブラーテンとは、牛肉の蒸し煮であるが、酢の入った調味料の漬け汁で調理をおこなうという点において、日本人には独特である。
 その柔らかく煮込まれた肉を、酸味のきいた紫キャベツと、シュペッツレ(Spätzle)と呼ばれる卵の麺と一緒に食べる。
 牛肉は驚くほど柔らかかったが、紫キャベツにしろ牛肉にしろ「酸味のあるものが温かい状態で食べる」ということに慣れていないと、その違和感を克服できないうちに、食事が終わってしまう。僕も、そういう傾向があった。

IMG_9459【2017.3.15】梨ジュース

 飲み物は梨ジュースを注文した。
 多くのドイツ人は昼から、ビールを飲んでいた。ビールは大きなジョッキででてきていて、いかにも「正真正銘のドイツ」といった感じだった。一人でやってきている客も多く、彼らもまた、ビールを飲んでいた。たくさんの人が真昼間から、アルコール類を摂取している。
 価格はどう注文しても、10ユーロ(約1300円)から20ユーロ(約2600円)ほどにおさまる。ヨーロッパにしてはさほど、高くはないと思う。
 量が多く、お腹がいっぱいになる。ドイツの料理は一品一品が大きい。そして一人が、一枚の皿に盛られた料理を全て食べきる。複数人で取り合分けたりすることは、家庭内ではあるかもしれないが、外食の場ではあまり見られなかった。

IMG_9467【2017.3.15】ヨーゼフ・ロート・ディーレ

 お店の外に出た時、通行人がお店の前に飾られていた塩の入ったガラス容器に触れて、落として割ってしまった。それを、必死に片付けていた。ガラスを、手で片付けることは危ないことだし、通行人が触れかねないところにそういったものを置く店側にも落ち度があるような気がして、店内の人を呼んで謝るだけでよさそうだけれども、落としてしまった本人たちが素手で片付けていたから、ずいぶん、律儀な人たちだと思った。
 いずれにしろ、ドイツ料理やドイツのレトロなインテリアをリーズナブルに楽しむには、ちょうどよいレストランだと思った。ただし、英語のメニューなどが特別、用意されているようすはなかったから、ドイツ語が分からなければ、注文には苦労するかもしれない。

■ヨーゼフ・ロート・ディーレ(Joseph Roth Diele)
 住所 : Potsdamer Straße 75, 10785 Berlin
 休業日 : 土日・祝日
 営業時間 : 午前10時~午前0時


 バスをブランデンブルク門の近くで、降りる。

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【2017.3.15】バスを降りる

 ベルリンのゾーンABC内の郊外電車、地下鉄、バスが全て乗り降り自由になる5日乗車券を持っているから、短い距離をバスで移動するのも、はばかられない。

IMG_9391【2017.3.15】ブランデンブルク門

 ブランデンブルク門は1791年に建てられた、ベルリンのシンボルともいえる門だ。もともとベルリンに出入りする物資に関税をかけるため、ベルリンの周囲に建てられた関税壁を通過するために設けられた門だった。19世紀後半に関税壁が廃止され、同時に多くの門も撤去されたが、ブランデンブルク門だけは撤去を免れ、今日に至る。

IMG_9396【2017.3.15】パリ広場

 門の前には、パリ広場(Pariser Platz)という広場が広がっている。
 なぜベルリンにあるのにパリ広場という名がつけられているかと言えば、対フランスに対する戦いの勝利を記念して、改名されたという経緯があるからだそうだ。

IMG_9399【2017.3.15】ブランデンブルク門

 この門は、東西ベルリン、東西ドイツ分断の象徴でもあった。

IMG_9402【2017.3.15】パリ広場

 今でこそ観光客で賑わっているが、かつて、この門のすぐ西側には東西ベルリンを分かつ壁(より正確にいうならば、東ドイツが西ベルリンへの国民の逃亡を防ぐために西ベルリンを囲うように建てられた壁)が建てられていた。
 また東ドイツ側ではさらに、壁の周辺を緩衝地帯とし、パリ広場とブランデンブルク門周辺には一般的が立ち入ることはできなかった。パリ広場の周りに、新しい建物が多いのは、それらがそれももともと緩衝地帯だったところに東西ドイツ統一後に建てられたものだからである。

IMG_9403【2017.3.15】ベルリンの壁

 壁は1989年11月9日に崩壊した。

IMG_9404【2017.3.15】ベルリンの壁跡

 このあたりの壁は全て撤去され、自由に交通できるようになっているが、道路をよくみると、東西ベルリンの境界が石畳が敷かれていて、記録として残されている。
 もはや、重苦しさは無い。27年が過ぎて、過去の歴史となった。

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 次に、ドイツの国会議事堂(Reichstagsgebäude)へとやってくる。

IMG_9405【2017.3.15】国会議事堂

 ブランデンブルク門の西側、すなわち西ベルリンにある。

IMG_9412【2017.3.15】国会議事堂

 1884年から10年の年月を投じ、1894年に竣工した建物だ。

IMG_9419【2017.3.15】国会議事堂

 建てられた当時から国会議事堂として利用されたが、ヒトラーが首相になった1933年に出火、また、1943年のベルリン大空襲や1945年のベルリン市街地戦により、廃墟化した。
 それから戦後、東西ベルリンに分かれていた時代にも、部分修復は行われたものの、本格的な修復は行われなかった。それが、東西ドイツ統一後、ベルリンの首都機能を回復するにあたって、1999年に国会として再び利用されるようになったものである。

IMG_9425【2017.3.15】国会周辺にて

 国会議事堂周辺には、ベルリンには珍しく、観光客をターゲットとした詐欺まがいのことをする集団がいるから気を付けなくてはならない。「Are you Chinese?」とか言いながら、僕に近づき、アンケートと寄付を強要しようとしてきた、女たちがいた。無視していると「你是中國人嗎」だとか、中国語を話してくるから、なかなかの腕前だと思うが、僕はだんまりを決めこむ。それにしても、ヨーロッパで詐欺をおこなうためには、中国語が必修になったと思うと、時代も時代だと思う。

IMG_9432【2017.3.15】国会議事堂

 国会議事堂の一番高いところは、ガラス状のドームになっている。ナチス・ドイツの歴史を反省して、国民に開かれた透明性の高い政治をしようという、そういう決意が込められているのだと、耳にしたことがある。
 国会議事堂は、見学ができる。見学は基本的に、事前予約が必要である。(https://visite.bundestag.de/BAPWeb/pages/createBookingRequest.jsf?lang=en)
 今回は、見学することができなかったから、次回、ベルリンを訪問した際には、見学したいと思う。

IMG_9439【2017.3.15】ベルリンにて

 昼食を食べに、次の目的地へと向かうことにした。


 大ティーアガルテン(Großer Tiergarten)の西にある、ティーアガルテン(Tiergarten)駅へとやってくる。

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【2017.3.15】ティーアガルテン(Tiergarten)駅

 平日の真昼間だからか、人通りは少ない。

IMG_9358【2017.3.15】ティーアガルテン駅周辺

 あるアパートの一面に、絵が描かれている。

IMG_9359【2017.3.15】ティーアガルテン駅周辺

 それは意図して描かれた絵画なのか、それとも落書きなのだろうか。

IMG_9363【2017.3.15】ティーアガルテン駅周辺

 絵画の下の方にある、文字やらは、落書きだと思う。

IMG_9364【2017.3.15】ティーアガルテン駅周辺

 それにしても、お化けの木と、放射器のようなもの絵だなんてなんだか、物騒な感じがする。どうせたくさんの人の目に入るものなのだから、と思う。

IMG_9365【2017.3.15】ティーアガルテン駅周辺

 大ティーアガルテン(Großer Tiergarten)周辺も、公園ではないが、公園のようなおもむきがある。

IMG_9366【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 ベルリンの中心にこのような、住宅団地があるとは思わなかった。

IMG_9367【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 ベルリンの都市圏人口は、約600万人ほどで、東京の都市圏人口の6分の1ほどにしかならない。そして、名古屋の都市圏人口の3分の2ほどだ。

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【2017.3.15】住宅団地

 都市の規模が小さいため、家賃も低い。
 ベルリン都心で、40平方メートルの住宅の家賃は、月600ユーロ(約7万8000円)ほど、都心から数駅ほど離れた郊外に行けば、月400ユーロ(約5万2000円)ほどになる。友人も、2つの部屋がある住宅を、東京では考えられないような、安い価格で借りて住んでいた。ベルリンにおける留学生活や、パリやロンドンのそれと比べると、金銭的負担はずっと小さい。

IMG_9371【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 公園の周辺を歩いていく。

IMG_9372【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 殺風景なところでは、ある。

IMG_9376【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 やはり、あまり、飾り気がない。
 ドイツの人々は「機能的で、合理的なものを好む」とはよく言われるが、都市景観からもそれとなく感じられる。

IMG_9377【2017.3.15】大ティーアガルテン周辺

 休日になれば、賑わうのだろうか。

IMG_9378【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 緑陰の季節に来たら、どうだろう。

IMG_9380【2017.3.15】戦勝記念塔

 戦勝記念塔がある。
 この戦勝とは、1860年代から1870年代にかけての一連のプロイセン王国の対デンマーク、対フランス、対オーストリアとの戦争との勝利を意味する。入場料を払うと、中へと入り、285段の階段を上って、展望台へと入ることができる。大ティーアガルテンやベルリンの街を眺めることができるであろう。

IMG_9386【2017.3.15】バス車窓

 それから、バスに乗った。
 ベルリンには観光地を走るバスを主として2階建てのバスが走っていて、2階席から眺める景色はとてもよい。


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