地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

 3月中旬のベルリンは、空はよく晴れていたけれども、寒かった。

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【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)

 3月中旬にしてすでに桜の咲いていたロンドンからやってきて、その気温差に驚く。
 ベルリン動物園駅(Bahnhof Berlin Zoologischer Garten)、通称「ツォー駅」へとやってくる。

IMG_9301【2017.3.15】ツォー駅

 ツォー駅は、東西統一以前の西ベルリンにおけるターミナル駅だったという。
 かつてのベルリンの中心部は、東ベルリンへと組み込まれたが、西ベルリンにおいてベルリン中心部に最も近い駅のうちの一つがこのツォー駅だった。西ベルリンは、東ドイツにおける飛び地であったが、西ベルリンと西ドイツを接続する列車というものがかつて運行されていて、ツォー駅はその列車のその始発駅だったという。ツォー駅は、東西ドイツ統一後も、しばらくはターミナル駅としての役割を果たしたが、東西の鉄道を再びつなぎ合わせベルリンおよびドイツ国土の鉄道利便性を高めるという事業が進行する中、ちょうどかつての東西ベルリンの境界にあたるところに2006年、ベルリン中央駅が設けられ、ターミナル駅としての機能はそちらへと移管し、かつての重要性を失った。

IMG_9315【2017.3.15】ツォー駅前

 ツォー駅前には、壁のような白い建物が建っている。
 何か突拍子もなくて、不気味だと思う。

IMG_9310【2017.3.15】ツォー駅前

 その白い建物に、キリンの絵が描かれていて、動物園の方向が示されている。
 鉄道の高架に沿って、東へと歩いていく。

IMG_9323【2017.3.15】ツォー駅

 まっすぐと進んでいく。

IMG_9325【2017.3.15】ツォー駅周辺

 しばらくすると、公園の中に入る。
 大ティーアガルテン (Großer Tiergarten)という、2.1平方キロメートルにもなる広大な公園である。

IMG_9328【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 かつては王家の狩猟場だったそうだ。

IMG_9333【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 中を、電車が走っていく。

IMG_9335【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 カフェだか、レストランを見つける。

IMG_9342【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 ビアガーデンでもあるようだ。

IMG_9343【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 それにしても、ベルリンの街は落書きだらけだ。

IMG_9346【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 公園はまだ、徹底して冬だ。

IMG_9347【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 春の訪れを感じるにはまだ、早かったようだ。

IMG_9352【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 ところで、イギリスの首都ロンドンの公園や、フランスの首都パリの公園と比べて、ドイツの首都ベルリンの公園はずいぶんと、殺風景だと思う。飾り気がちっともないし、花も植えられていない。

IMG_9353【2017.3.15】大ティーアガルテンにて

 空は青いけれども、なんだか寂し気なところだった。


 2016年12月29日の夜、ベルリンでそれは起こった。 

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【2017.3.15】ベルリンにて

 クリスマスマーケットに大型トラックが突入し、12人が死亡するという、イスラム過激派による凄惨なテロ事件が起こったのだった。

IMG_9291【2017.3.15】ベルリンにて

 その現場は、カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)の前であり、ベルリンに留学中の友人宅の近くでもあった。
 日本でベルリンにおけるテロ事件の報道に接した時は、遠い国のできごとであると思っていたし、日本人の死傷者はいなかったと言っていたから、友人に対して安否を問うようなこともしなかった。
 しかし、それは友人宅の近くでのできごとだった。そう知って、テロの脅威というものが、案外、身近なものであるということを再認識せざるを得なかった。けれども、友人は、「それでも、世の中、テロの犠牲者になるよりは、交通事故の犠牲者になる確率の方が高いんだ。テロに巻き込まれる心配をするくらいなら、他の心配をした方がよい」という。おそらくそれが、居住者の感覚なのだと思う。そしてそれは、正しいのだと思う。

IMG_9287【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会前にて

 追悼のろうそくなどが、並べられていた。

IMG_9280【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会前にて

 このような事件が、二度と、起こらなければと思う。

IMG_9282【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会前にて

 友人は言う。
 「ドイツの人たちは、フランスやベルギーでのテロ事件の報道に接しても、自分たちにもテロの脅威がふりかかっているとは考えもしなかった。あくまでもドイツはそういうものとは、無縁だと信じている人も多かった。しかし、起ってしまった」

IMG_9285【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会前にて

 そして、「フランスのテロに関しては、フランスの警察が無能だからいけなかったんだ。ドイツの警察は、東ドイツ時代の優秀な、秘密警察(シュタージ)の流れを受け継いでいる。素人が企てるテロの情報なんか、事前に察知して、いちころ」だとか、そういう考え方をするドイツ人も少なくなかったという。しかし、そうはいかなかった。

IMG_9294【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会周辺にて

 テロが発生してからまだ、3か月も経っていなかった。

IMG_9296【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会周辺にて

 しかし周囲は至って、平穏だった。

IMG_9295【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会周辺にて

 それは、テロに屈することなく、市民生活がおこなわれている、そういうことなのだと思う。ベルリンは、テロに負けてなどいられないのだ。


 カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)を訪問する。

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【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 もともと1891年に建てられた高さ113mの教会だったが、1943年のイギリスによるベルリン空襲によって破壊されたものだ。
 現在は71mの高さになっているが、それでも高い。

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【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 もともと、初代ドイツ皇帝のヴィルヘルム1世の功績をたたえるために建てられたとい経緯がある教会だ。
 終戦後から1990年の東西ドイツ統一まで、このあたりは西ベルリンに属し、アメリカ、イギリス、フランスの支配下に置かれた。ベルリン市内が復興する中、この教会も元の形に完全復興させようという計画があったようだが、その復興は民族主義を煽りうるものとして警戒され、許可されなかったという。
 しばらく、廃墟同然の状態に置かれ放置されていたが、1961年に71mの高さを持つ旧教会堂を、戦災のシンボルとして残しつつ、新しい教会堂と礼拝堂を備えた教会として、再び、市民に開かれた。

IMG_9264【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 戦争というものがもたらす悲劇を、後世に伝えることができるという点で、こういった復興の仕方は「正解」だったと思う。
 一方、日本はどうだろうか。たしかに広島には原爆ドームが残ってはいるが、東京はどうだろう。東京駅駅舎は、1914年、3階建ての建物として建設されたが、1945年にアメリカ軍の空襲により焼けてしまった。それを戦後、2階建ての建物として臨時的に復旧し、2007年までその状態で利用していたが、その後、なぜかもとの3階建てのすがたに復元させられてしまった。戦災復興の分かりやすいモニュメントは、消されてしまっている。

IMG_9272【2017.3.15】かつてのカイザー・ヴィルヘルム教会の模型

 歴史というものに向き合うという点において、東京よりもベルリンの方が、この一つの例だけをとっても真摯であるように思える。
 かつての東京駅だってもとのすがたに復元したかったとしても半分だけを復元して、のこり半分を戦後のすがたに残すだとか、さまざまな方法が検討されるべきだった。

IMG_9271【2017.3.15】現在のカイザー・ヴィルヘルム教会の模型

 旧教会堂には、以上のようなその教会の歴史や、空襲をうけることになった戦争の経緯、そしてその戦争のころに起こったユダヤ人への迫害について、展示があった。ユダヤ人の迫害の歴史についてはこの教会は直接的な関係は無いように思われるが、ドイツで戦争について言及される場面では、この内容も大体、いっしょに触れられる。
 次に、新しい教会堂へと入る。

IMG_9275【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 青いステンドグラスで囲まれていて、幻想的である。

IMG_9268【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 しばらく見とれていた。

IMG_9267【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 あたかも、海の底にでもいるような気がした。

IMG_9273【2017.3.15】カイザー・ヴィルヘルム教会にて

 それからまた明るい、外へと出た。

■カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)
 入場料 : 無料
 Kurfürstendamm駅徒歩2分
 ベルリン動物園(Berlin Zoologischer Garten)駅徒歩5分
 Wittenbergplatz駅徒歩7分


 ツォー駅で、友人と待ち合わす。友人は、中学・高校時代の同期であり現在、ベルリンで留学生活を送っている。
 久しぶりに会った友人は、何ら、変わっていなかった。いや、当然、ドイツでの生活を経て、たくさんのことが変わったはずだったが、少なくとも僕と再開した時は、昔と同じすがたを見せたし、僕もまた彼に対して、そうだったと思う。昔と同じすがたを見せることがはばかられない、それが旧来の友人というものだろう!

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【2017.3.14】ツォー駅

 ツォー駅というのは通称であり、「ベルリン動物園駅(Bahnhof Berlin Zoologischer Garten)」というのが正しい。動物園なのだから、「zoo」なのであり、ドイツ語で「ツォー」と読むのだと、友人は言う。

IMG_9226【2017.3.14】ツォー駅周辺にて

 向こうに見える、崩れている教会は、カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)という教会で、1891年に建てられた高さ113mの教会だったが、1943年のイギリスによるベルリン空襲によって破壊されてしまったものだ。
 (参考 : #0983.カイザー・ヴィルヘルム教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)訪問記)

IMG_9228【2017.3.14】ツォー駅周辺にて

 メルセデス・ベンツのエンブレムが、建物の上をくるくると回っている。

IMG_9229【2017.3.14】タウエンツィーン通り(Tauentzienstraße)

 友人宅はタウエンツィーン通り(Tauentzienstraße)周辺にあるが、この通りは、ベルリンでは有数の繁華街だという。
 「有数の繁華街」というのほど活気は感じられなかったけれども、2014年4月にユニクロがドイツ1号店を出店するなど、国際的なブランドが集まっている。
 夕食は、友人宅で作って食べることにした。

IMG_9231【2017.3.14】タウエンチーン通り

 近くにあったベトナム系の、アジア食材店に行って、食材を買う。
 ベルリンでアジア系といえば、ベトナム系が多い。社会主義国であるベトナムと、旧東ドイツは関係が深く、かつてより多くのベトナム人が旧東ドイツに留学に来ていたことから、かつてから、ベトナム人が移住できる、そういう地盤が整っていたと、友人は言う。

IMG_9234【2017.3.14】夕食

 あまり見た目はよくないけれども、おいしく、食べられた。

IMG_9238【2017.3.14】夕食

 友人からドイツの生活の話など、いろいろな話をきいて、よい晩餐となった。

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 翌朝を迎える。

IMG_9244【2017.3.15】豆乳とヨーグルトと鯖の味噌煮缶

 豆乳とヨーグルト、それからご飯を鯖の味噌煮を朝食とする。
 外は、寒かった。

IMG_9247【2017.3.15】タウエンチーン通り周辺にて

 気温は4度か、5度ほどだった。

IMG_9249【2017.3.15】タウエンチーン通り周辺にて

 空は澄んで晴れていたが、冷たい風が強く吹いた。
 午前10時頃で、もう、通勤ラッシュの時間は過ぎていた。

IMG_9254【2017.3.15】雑誌スタンド

 路上の雑誌スタンドに、あられもない女性のすがたが表紙を飾る雑誌が、どうどうと掲げられている。特に、子どもたちが見ないようにだとか、そういった工夫もなく、どうどうと路上で売られていたから、日本で生まれ育ったものの感覚としては、なんだか不思議だった。
 初めてやってきた国、何もかもが不思議である。


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