ようやく日が傾いてきているように感じられた。ハマムのあるところかから南下して、Rukhobod廟とグーリ・アミール廟のあるところへと向かう。
【2014.7.16】サマルカンド市民
外国人を目にすると、自然と挨拶をしてしまうのだろうか。もはや、反射神経なのだろうか(笑)
【2014.7.16】工事現場のおじさん
彼らも僕らにサインを送ってくれた。
高架橋があったから、のぼってみる。
【2014.7.16】高架橋からの風景
レギスタン広場が向こうに見える。生活感のある景色と相まってて、面白いと思う。
【2014.7.16】欄干
欄干に目にやると、何かが書かれていた。性行為の相手を見つけるための文言と電話番号だろうか。それまでウズベキスタンでは性風俗産業に関わるものを目にすることはなかった。てっきり、イスラム圏だから無いのだろうかと思っていたのだが、そんなことはなかった。やっぱり人間の住むところ、例外はない。このように高架橋の欄干に潜んでいた。
【2014.7.16】高架橋
世界遺産が、サマルカンドの生活の風景に溶け込んでいる。
【2014.7.16】団地
サマルカンドの団地の壁画が美しかったので、写真を撮る。そういえば昼よるも人が多いような気がする。わざわざ日差しの強い、気温の高い真昼間に外に繰り出すのは観光客くらいなんだろう。
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グーリ・アミール廟に到着する。あたりは公園となっていて、多くの市民が遊びに来ていた。
グーリ・アミール廟に到着する。あたりは公園となっていて、多くの市民が遊びに来ていた。
【2014.7.16】グーリ・アミール廟
14世紀末から建設が進められた、ティムール朝を建てたティムールとその家族らが眠る廟である。もうそろそろ日が沈むという時間で、青いドームはなんだか黒みががって見えて、それはそれでかっこいいと思う。
【2014.7.16】Rukhobod廟
こちらは、Rukhobod廟。1380年に建てられて、サマルカンドに現存する建築の中では最も古い建築だという。
【2014.7.16】Rukhobod廟
中には解説員の男性がいたのだが、残念ながら英語はあまり通じず、「634 years old」ということを除いて、深いことを理解することはできなかった。中央アジアを深く知ろうとするなら、少なくともこの地域の国際語としてのロシア語は解せるようにしなくてはならないと思う。
【2014.7.16】Rukhobod廟にて
壁を見ると、アラビア語が書かれていた。何百年も前に書かれたコーランだという。
ついに日が暮れた。 1日中、酷暑とひどい乾燥の中、サマルカンドの街を歩き回ってひどく疲労していたので、夕食を食べてから宿へと帰ることにした。
◆2014年 夏ウズベキスタン7泊8日
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