地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

2016年01月

 厦門の名刹として、「南普陀寺」というのがある。唐の時代に建立された、仏教寺院で1000年以上の歴史を持つという。浙江省の舟山群島にある中国四大仏教名山のひとつ「普陀山」に対し、南側にあるから「南普陀寺」だという。

厦門・金門

 南普陀寺まではバスに乗っていく。厦門大学の近くにあるので、厦大(厦門大学)行きのバスに乗り、厦大の停留場で停車すればいい。厦大が終着地となっている路線もあるので、それに乗れば迷いにくいと思う。

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【2015.10.30】バス

 バスは道の広くない、厦門市内を縫うように進んでいった。そして、厦門大学の停留場で降り、「南普陀寺」 へと歩いていく。
 厦門は華僑の故郷というが、南普陀寺もはやりそうで、東南アジアの中華系の寺院の僧侶などを輩出した寺院であり、海外からも慕われているという。
 寺自体は1000年以上の歴史を誇るが、建築としてはさほどは古くない。度重なる再建などで、20世紀、あるいは最近に建てられた建物が多く、今もいくつかの建物は改築中で、入ることができなかった。

IMG_0680【2015.10.30】南普陀寺

 端正で、上品なたたずまいである。

IMG_0684【2015.10.30】南普陀寺

 中国の人たちはなかなか信心深い。この寺院では基本的に歴史に重んじるためなのか、簡体字ではなく、伝統的な繁体字が使われている。やはり繁体字の方が、親近感を感じる。
 なおこの寺には「閩南仏学院」という中国政府が公認した仏教僧の育成学校がある。中国全土の仏学院としてはトップを争う、エリート校だという。境内には僧のすがたが時々みられたけれども、若い彼らはそこの学生さんだったのだろうか。

IMG_0756【2015.10.30】南普陀寺

 このお寺は五老山という山の麓にあり、裏手を登っていくことができる。

IMG_0731【2015.10.30】南普陀寺

 地面に横たわってる、赤いあれは何かというと…。

IMG_0701【2015.10.30】南普陀寺

 このように地べたに膝をついて、祈祷をする人たちのための思いやりである。中国の他にも、台湾などの中華圏で、よくみられたと思う。
 それにしても暑い。10月も終わりだというのに、30度近い気温がある。山の上まで上ってみようか、やめようか。しかし一度上ろうと思ったものを折り返すのもなんだかくやしいような気がするから、仏教修行のつもりで、上まで上ってみることにする。

■つづき
#0126.厦門の名刹「南普陀寺」  2



 サマルカンドの宿に入ろうとすると、ある親子が僕らにロシア語で話しかけてきた。「日本人かい?韓国人かい?」
 日本人と答えると、「韓国語わかるかい」という。「はい、日本人ですが、韓国語もできます」と韓国語で返答したところ、おじさんが「日本人なのに韓国語ができる?そういう人、初めて会ったよ」と言ってくれた。そして、一緒にいた息子を紹介してくれた。
 家は、宿のすぐ近くに会って、よかったら寄っていかないかという。もう午後10時半だったので長居はできないけれども、少しだけ寄っていくことになった。

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【2014.7.16】親子

 話を聞くとおじさんは、韓国に12年間住んでいたという。京畿道の抱川(포천)にある、繊維工場で働き、7000万ウォン(約700万円)を貯めてから、故郷のサマルカンドに戻り、おばあさんに両親、そして息子と娘が一緒に住むことのできる、中庭のある立派な家を建てたという。立派だと思う。僕にもいつか、そんな親孝行ができるのだろうか。
 おばあさんがコーヒーをいれて持ってきてくれた。そして、おばあさんが直接お作りなったというパンを持ってきてくださった。ロシア語の語彙が豊富ではなくて、「ハラショー」としか言えなかった。
 サマルカンドにやってくる旅行者は、韓国人よりは、日本人の方がずっと多いという。日本人に会うたびに韓国語は分からないかと尋ねていたが、みな分からないといったという。韓国語が分かる日本人に会ったのは、これが初めてだったわけだけれども、もっと韓国語で意思疎通のできる人がサマルカンドにやってきたら嬉しいという。

IMG_5441【2014.7.16】中庭にあるテーブルにて
 
 おじさんは、韓国にいたときに働いていた工場のみんなに会いたがっていた。社長はいい人だったから、また会いたいし、電話でもできたらいいんだがという。しかし、その社長とは今は電話が不通で、韓国のどこにいるのか分からないという。当時の社長の名刺をみせてもらったので、インターネットが使えるところに戻ったら、調べて報告するといったのだが、サーチ力不足なのか社長の連絡先までは突き止めることができなかった。
 そのほか、持っているカメラの価格だとか、東京の一戸建ての価格だとか、そういった話題を盛り上がりながら、時間も時間だからおいとますることにした。
 こちらは特にお土産といえるものもなく、日本から持ってきたお菓子をおいていくことで感謝の意を伝えることしかできなかった。(その、お菓子ですら、そんな気遣いはいらないと言ってくださったのだけれども。)
 異国で10年以上働いたお金で、親孝行をするということ。僕にはそのような覚悟をもてるだろうか、もてそうにもない。もちろん、海外で10年以上働いたからといって東京に一戸建てなんかもてないから、彼とは境遇は違う。けれども、世の中には立派な人たちがたくさんいるんだから、もっと謙虚に生きていかなきゃいけないなと思ったことには、偽りはない。



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 ようやく日が傾いてきているように感じられた。ハマムのあるところかから南下して、Rukhobod廟とグーリ・アミール廟のあるところへと向かう。

IMG_5306【2014.7.16】サマルカンド市民

 外国人を目にすると、自然と挨拶をしてしまうのだろうか。もはや、反射神経なのだろうか(笑)

IMG_5326【2014.7.16】工事現場のおじさん

 彼らも僕らにサインを送ってくれた。
 高架橋があったから、のぼってみる。

IMG_5330【2014.7.16】高架橋からの風景

 レギスタン広場が向こうに見える。生活感のある景色と相まってて、面白いと思う。

IMG_5336【2014.7.16】欄干

 欄干に目にやると、何かが書かれていた。性行為の相手を見つけるための文言と電話番号だろうか。それまでウズベキスタンでは性風俗産業に関わるものを目にすることはなかった。てっきり、イスラム圏だから無いのだろうかと思っていたのだが、そんなことはなかった。やっぱり人間の住むところ、例外はない。このように高架橋の欄干に潜んでいた。

IMG_5338【2014.7.16】高架橋

 世界遺産が、サマルカンドの生活の風景に溶け込んでいる。

IMG_5350【2014.7.16】団地

 サマルカンドの団地の壁画が美しかったので、写真を撮る。そういえば昼よるも人が多いような気がする。わざわざ日差しの強い、気温の高い真昼間に外に繰り出すのは観光客くらいなんだろう。

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 グーリ・アミール廟に到着する。あたりは公園となっていて、多くの市民が遊びに来ていた。

IMG_5359【2014.7.16】グーリ・アミール廟

 14世紀末から建設が進められた、ティムール朝を建てたティムールとその家族らが眠る廟である。もうそろそろ日が沈むという時間で、青いドームはなんだか黒みががって見えて、それはそれでかっこいいと思う。

IMG_5380【2014.7.16】Rukhobod廟

 こちらは、Rukhobod廟。1380年に建てられて、サマルカンドに現存する建築の中では最も古い建築だという。

IMG_5384【2014.7.16】Rukhobod廟

 中には解説員の男性がいたのだが、残念ながら英語はあまり通じず、「634 years old」ということを除いて、深いことを理解することはできなかった。中央アジアを深く知ろうとするなら、少なくともこの地域の国際語としてのロシア語は解せるようにしなくてはならないと思う。

IMG_5387【2014.7.16】Rukhobod廟にて

 壁を見ると、アラビア語が書かれていた。何百年も前に書かれたコーランだという。
 ついに日が暮れた。 1日中、酷暑とひどい乾燥の中、サマルカンドの街を歩き回ってひどく疲労していたので、夕食を食べてから宿へと帰ることにした。



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