イギリスに入国できたのは、午後11時半を過ぎていた。
 ヒースロー空港には、中国語簡体字のクレジットカードの広告があったりして、世界における「中国」の存在感におどろかざるを得なかった。それはともかく、自宅から成田空港までの移動、それから12時間50分のフライト、さらに2時間45分のフライトによって、体は疲れ果てていた。はやくホテルに到着して、横になりたかった。
 ヒースロー空港は不便なことに第5ターミナルまである。ヒースロー空港周辺のホテルとはいっても、到着するターミナルの位置によっては、近かったり遠かったりする。
 今回は、アリタリア航空で第4ターミナルに深夜に到着することから、第4ターミナルからさほど遠くないところで、深夜にチェックインが可能であり、かつ、価格がそれほど高くないところを検討し、「easyHotel London Heathrow」に宿泊することにしたのだが、結局、ヒースロー空港に到着する時点まで深夜に第4ターミナルからどう、ホテルにたどりつくことができるのかということについては、分からないままでいた。

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 ヒースロー空港は、空港内のカプセルホテルが1泊80ポンド(約11200円)、周辺のビジネスホテルは1泊70ポンド(約9800円)が最低ラインとなるという、宿泊費のとても高いところだから、「easyHotel London Heathrow」の1泊40ポンドというのは群を抜いて安い。
 到着すると、到着ロビーで待ち構えていたたくさんのタクシーの運転手が話しかけてきた。目的地を見せると40ポンド(約5600円)という価格を提示してきた。タクシーで6kmほどの距離がどうして、5600円にもなるのだろう。運転手に安くはならないかときいたところ、安くはならないと言った。続けて、路線バスを利用すれば、安く行けるだろうと言った。ロンドンでは、バスには現金で乗車することができない。Oyster Cardという、交通カードが必要だったが、この深夜の時間帯、案内所も開いていないから、どうすることもできない。そのことを伝えると、「あなたを助けることはできない」とだけ、言われ、相手をしてくれなかった。
 6kmであれば、歩くしかないのだろうか。

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 長旅のあとで非常に疲れていたし、キャリーバッグもあったから、あまり歩きたくはなかった。しかし、6kmの距離に5600円と言われてしまえば、タクシーに乗るという選択肢もない。
 空港を出て、歩きはじめる。深夜に、空港周辺の歩道を大きなキャリーバッグを引きながら歩いて移動するすがたが、不審に見えたのだろうか。歩きだしてすぐ、車に乗った空港職員に「どこに行くんだ?」と英語で話しかけられる。そこで、目的地の地図を見せると、こう説明してくれた。

 「空港とその周辺を循環する無料のバス、490番バスがある。少し先のバス停から、乗りなさい。それから、Hatton Crossという駅で乗り換えなさい。Hatton Crossの駅に行けば、Oyster Cardも購入できるはずだ」

 車に乗せてくれはしなかったものの、行き方を教えてくれたから、親切だった。
 バス停では、一人の若い男がいた。ここから、無料バスに乗れるのかときくと、そうだと答えた。

男 : 「どこから、来たんだい」
僕 : 「日本」
男 : 「それはクールだね。訪問の目的は何かい」
僕 : 「旅行。2週間ほど、仕事がないから、来たんだ」
男 : 「うらやましいね。ここから、どこに行くんだい」
僕 : 「easyHotel Heathrowというホテル」
男 : 「調べてやろう。このアプリは、イギリスの公共交通システムを全て、網羅しているんだ。ほら、Hatton Crossの駅まで行ってそこで90番バスに乗り換えて、Brickfield Lane Harlingtonで下車すればいい」
僕 : 「ありがとう」

 男はタバコに火をつける。

男 : 「行きたいところが、2か所あるんだ。一つは、タイ。もう一か所は、日本。ゆっくりと、休んでいきたいね。マッサージとか、温泉とか。物価も安くてよさそうだ。」
僕 : 「たしかに。少なくとも、深夜、タクシーに6km乗って、5600円ということはないから…」
男 : 「そう、イギリスは何もかもが高いんだ。給料が高いというわけでもないというのに」
僕 : 「給料はどれくらいですか」
男 : 「大学卒業したばかりだったら、月収1500ポンド(約21万円)くらいさ」

 月収21万円というのはおそらく、手取りのことを言っているのだろうが、それでも、タクシー6kmに5600円がかかるロンドンで、それだけしかもらえないというのは、この都市での生活は厳しいのではないだろうか。

僕 : 「ところで、英語を話す国は、初めてなんだ」
男 : 「そうかい。君は、何語が話せるんだい」
僕 : 「Japanese、Korean、それから、English」
男 : 「君は日本人なのに、なんでKoreanを話せるんだい」
僕 : 「Koreaに住んだことがあるんだ」
男 : 「本当?とっても、閉鎖的な国だと聞いたことがあるけれども、そこでの暮らしはどうなんだい」
僕 : 「僕が住んでいたのは、金正恩の国ではありません!」
男 : 「ああ、南の方か!」

 そういう話をしていると、バスがやってきた。
 Hatton Crossの駅まで無料で乗車し、まだ営業中だったその駅で、交通カードを購入した。

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 それから、90番バスに乗りかえて、ホテルへと向かう。

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【2017.3.10】ホテルへの道

 バス停を降りて、少し歩く。
ヒースロー空港は周辺に、住宅街が広がっている。イギリスに入国してからすでに1時間ほどが経過した、午前0時半だった。長い長いフライトのあと、一刻も早く横たわりたいという状態であったのに、見慣れない異国の真夜中の道を歩かなくてはならずしんどかったけれども、それでも見ず知らずのイギリス人の力を借りてどうにか到着できそうだったから、肩の荷が下りたのだった。