地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

カテゴリ:日本 > 徳島県

 目が覚めると、午前7時半だった。外は、深い霧に覆われていた。

IMG_1379
【2016.12.12】宿からの景色

 その霧も少しずつ晴れていって、20分ほど立つと、駐車場の向こうまではっきりと見渡せるようになった。

IMG_1381【2016.12.12】宿からの景色

 朝になると、夜には見えなかったものが見える。そこにははっきりと「有瀬小学校」と書いてあったし、駐車場に面したところには神社である「三部神社」もある。
 そもそも今、駐車場であるところは、駐車場ではなく小学校の校庭だった。廃校後、アスファルトで舗装し、ヘリポートを兼ねた駐車場に変えたのだという。山間の過疎の村で災害があっても、ヘリコプターが離着陸できる場所があれば、孤立の心配も少ない。

IMG_1390【2016.12.12】宿からの景色

 雲海が広がる。
 朝には美しい雲海が望めることが有瀬の自慢だというが、おじさん曰く「空が晴れ、雲が谷間に水平に立ちこめるということはめずらしい」という。この日はたしかに、雲海が見られたけれども、絶好の条件ではなかった。

IMG_1394【2016.12.12】宿からの景色

 朝が寒かったためか、茶畑には霜が降りて、ほんのりと白くなっている。

IMG_1401【2016.12.12】楽校の宿にて

 2年生(和室)の隣は、6年生(洋室)である。

IMG_1404【2016.12.12】図書室

 和室の隣には、図書室もある。まだ、片付けが進んでいないとう。おじさんは、「学校の歴史の資料も残してある。わしらが小学生だった時の写真もどこかに残っているかもしれない」と、説明した。もし、小学校を廃校にして、建物を取り壊していたら、こういった資料、つまり有瀬という集落が存在し、そこを生まれ育った人たちがいたという記憶すら、この地球上から消えていたかもしれない。
 全国の、有瀬出身者の心の拠り所であり、民宿としてオープンしてから、同窓会を開いたりもしたそうである。

IMG_1408【2016.12.12】校歌

 有瀬小学校は、明治時代からの歴史がある。もともと、明治時代に集落の人が自らの土地と邸宅を、集落の人の教育のためにと提供したのが起こりで、最盛期は100人以上の生徒がいたという。しかし、1996年に休校(生徒数が0名だが、転校生が来たら再開する準備がある状態)になり、ついには2012年に廃校になる。

IMG_1419【2016.12.12】雲海

 廊下には、2012年の廃校後、この廃校舎を民宿として再生するプロジェクトについて、取材された新聞記事が並ぶ。
 集落が急斜面にあって、大規模農業も望むことができないこの集落は、養蚕業や製茶業、蕎麦が主な産業だったが、それでも村の人全員が食べていくには厳しかったようで、昔から出稼ぎが一般的だったし、家族ごと周囲の町に移住することが多かった。500人以上いた集落はもう、100人ほどしか住んでいない。このままでは、集落が消えてしまえば、過去から受け継いできた文化も消えてしまう。有瀬小学校という、集落で一番大きな建物が、「廃校」というのでは、ますます元気も出ない。
 そこで、集落のメンバーで、廃校になった小学校を、民宿として再生することを思いつく。国・自治体から1700万円の予算が下りるが、改装するための資材を揃えるだけで精いっぱいだったそうだ。
 「メンバーに2人くらい、旅館とかで働いていた人がいてね。いわゆるエキスパート。アドバイスを得ながら進めていったんだけど、お金が足りなくてね。この壁紙とか自分たちの手で直接、やった。15人ほどのメンバーのうち、男は5人しかいなくて、しかもそのうち2人は病気がちだったから、大変だった」とおじさんは、言った。
  それでも、交流人口が増えれば、人々の記憶に有瀬集落を残すことができるし、集落の人々の生きがいになる。紆余曲折を経て、2016年4月にオープンしたが、8月には150人ほどが宿泊するなど、非常に忙しかったそうだ。

IMG_1420【2016.12.12】プール

 つまりこのプロジェクトは、限界集落において自分たちの生まれ育った土地とその文化をいかに次世代につないでいくかということが、大きなポイントになっている。

IMG_1425【2016.12.12】宿にて

 そう思うとこのプロジェクトは、時代の最先端を行く「挑戦」なのだと思う。
 自分たちの故郷とその文化を次世代の人々の記憶へと伝えていくために、廃校を民宿とするということを、他の誰が思いつくのだろうか。思いついたとしても、果たして実行できるものだろうか。

IMG_1429【2016.12.12】洋室

 「エキスパート」がいるだけあって、教室は完全に、ホテルの一室のように改装されている。

IMG_1430【2016.12.12】小学校の教室だった名残

 しかしよく目を凝らすと、天井などに、それが小学校の教室であったという名残がある。

IMG_1433【2016.12.12】廊下

 和室もそうだ。

IMG_1437【2016.12.12】和室

 廊下などに展示されている児童の作品は、それが1996年にはすでに最後の卒業生を出してしまった学校のものであるから、20年以上前のものであるはずだ。

IMG_1440【2016.12.12】廊下

 それを作った人は今、どこで生きているのだろう。

IMG_1441【2016.12.12】階段

 そういう児童たちの作品に並び、今、新しい作品も並んでいる。

IMG_1442【2016.12.12】階段の踊り場

 この民宿の運営に関わる人々や、彼らが撮った写真などが展示されていた。
 思えば、人口100人ほどの集落に、15人ほどのメンバーでなんとか経営できる宿を作ったわけだから、それは思い切った決断と、覚悟だと思う。もう、やめるわけにもいかないのだ。

IMG_1451【2016.12.12】校舎

 それにしても外壁は、完全に小学校そのものである。 


 もとはと言えば、その宿は、「楽天トラベル」で検索して、たまたまひっかかっただけだった。

2017-02-18_17h38_33

 廃校になった集落の小学校を、民宿に作り直したものだという。
 キンコンカーンコーン~~ 学校が始まります。みんなの思い出が詰まった「有瀬(あるせ)小学校」が蘇りました。 


2017-02-18_17h40_28

 また、1泊あたり、

 素泊まりプラン
 和室 21畳 3500円/人

 とある。「21畳」とはなんだろう。そんなの、初めて見たぞ。「お部屋の窓から眺めるロケーションが最高です」とだけ紹介がある。なぜこの広さをもっとアピールしないのだ!おそらく、小学校の教室ひとつを丸ごと、和室に改造したから、こういった広さになったのだろう。

楽校の宿あるせ1

 とにかく、「小学校の建物に泊まることができる」。
 このエキサイティングな体験を、しないではいられない。そうういう思いから、すぐに宿泊予約を入れたのだった。

楽校の宿あるせ2

 今回は素泊まりで宿泊することにしたが、周辺にはこれといって食堂もないことから、今思えば、食事付きのプランを申し込めばよかったと思う。実を言えば、下調べがあまり十分ではなく、この学校がどのようなところにあるのかということを、分からないまま、現地に向かってしまったのだった。

----------

■行き方
 住所は、「徳島県三好市西祖谷山村有瀬414番地1」であるが、林道によるアクセスしか方法がない。日没後の移動は、やや難しいだろう。
 ルートとしては、大歩危駅方面から林道を12kmほど行く方法と、土佐岩原駅から林道を5kmほど進む方法がある。JR土讃線の土佐岩原駅から林道を5kmほど行く方が、無難である。

IMG_1520

 どちらのルートも、迷いそうなところでは、お手製の標識がかかっているために、それをたよりにすればたどりつくことができる。
 なお、宿泊施設は標高の高いところにあるため、自転車で行くこということは考えない方がいいだろう。土佐岩原駅からであれば、ハイキング感覚で、目的地に向かうことは可能だろう。なお、事前に相談しておけば、土佐岩原駅などからの送迎が可能だそうだ。

----------

 施設は、小学校そのものである。

IMG_1358【2016.12.11】フロント

 その日は、僕ら以外に宿泊客はいなかった。素泊まりのプランだったから、集落の男性が一人、待っているだけだった。

IMG_1356【2016.12.11】廊下

 僕らは「2年生」の教室に、案内されたのだった。

IMG_1351【2016.12.11】和室

 小学校の教室が完全に、和室に改装されている!木製の机は、部屋の広さにはなんだか、釣り合わない(笑)広々としていて、これほど枕投げに適した和室もこの日本にはないだろうという感想がわいてくる。(僕らは枕投げなんかしなかったが)

IMG_1377【2016.12.11】お菓子

 お菓子は、これでもかというくらい、たくさん入っている。この宿に関わる人の、心のひろさを表しているようでもある(笑)

IMG_1378【2016.12.11】お茶

 そしてお茶は、この集落で栽培・製茶された「有瀬茶」が入っている。
 これは集落で栽培した茶葉を、静岡から取り入れた機械と技術によって製茶したもので、その品質は静岡でも認められているそうだ。飲んでみると、香りが非常に芳醇で、静岡のみならず全国で認められるべきお茶だと思うのだが、そもそも生産量があまり多いとは言えないため、地元の人間とコアなファンによって多くが消費されてしまい、市中にはあまり出回らないそうだ。また、市中に出回っているものについても、今まではパッケージに「有瀬」の表示をつけずに流通させていたため、他の地域のお茶と混ぜこぜになってどれが有瀬のお茶なのか分からない状態で、消費者に届けられていたそうだ。今後は、「有瀬茶」として売っていくつもりだという。
 このお茶があまりにもおいしいために、このお茶を飲むためだけでも、有瀬は訪問する価値があると思う。

----------
 
ところで、まだ、夕食をとっていなかった。そういうと、「事前に電話して言ってくれれば、蕎麦くらい用意してやれたのになあ」と、おじさんは残念そうにおっしゃった。正規の夕食のメニューは、食材のストックの関係もあるから、当日、追加することはできないのだが、蕎麦くらいなら集落の中で用意ができたそうだ。
 近くの、夜間にも営業しているスーパーマーケットやコンビニとなると、土佐岩原駅まで降りて、そこから国道32号線を北上したところにあるセブンイレブンが最寄りのコンビニとなるという。そこまでは約16kmほどの道のりを進まなくてはならず、30分ほどかかる。コンビニに行って、食事を食べてから戻ってくると、すでにも夜の10時を回っていた。
 
----------

 お風呂は事前に、沸かしておいてくれた。

IMG_1363【2016.12.11】風呂

 もともと、一つの部屋だったところを浴室として改装したものだそうだが、材料揃えて、自分たちで工事をしたから、なかなか大変だったという。特に、床面をかさ上げするなどといった作業が楽ではなかったという。

 集落のおじさん「材料費だけで予算が尽きてな。力仕事は、集落の若い人間が総動員でやるしかなかった」
 僕ら「若い人間っておいくつですか」
 集落のおじさん「ここでは60代が若者だ。寝具を2回に上げるのも、大変だった」

 宿直であるおじさんはその日、「校長室」で寝るといった。宿直は校長室や、開いている客室で寝るんだという。

IMG_1366【2016.12.11】風呂

 男子入浴中、女子入浴中の札があったが、その日は他に宿泊客がいなかったから、札を使わずに入った。 
 それから、21畳の和室で寝たのだった。広いところで寝るというのは、とても気持ちのよいことだ。
 寝る前におじさんは、「夜、廊下の電気はつけておいても、消しておいてもいい。好きにしなさい。真っ暗になると眠れないお客さんもいるらしくて、自由にさせてるんだ。わしは、どっちでもいい」とおっしゃった。僕は、真っ暗なところで寝るのがよかったから、廊下の電気を消しにいってから、眠りについたのだった。


 祖谷(いや)には、少し変わった温泉がある。

IMG_1297
【2016.12.11】祖谷にて

 遠く下の方の、渓谷沿いから湧く温泉があるのだ。

IMG_1283【2016.12.11】祖谷にて

 「祖谷温泉」へとやってくる。

IMG_1304【2016.12.11】祖谷にて

 「和の宿ホテル祖谷温泉」という宿泊施設の付属施設だが、露天風呂、内湯のふたつある温泉の利用が可能である。
 フロントで支払いを済ませて、ケーブルカーへと案内される。

IMG_1311【2016.12.11】ケーブルカーにて

 発車準備OKのサインが点灯したら、「下り」ボタンを押してくださいという説明があり、その通りにボタンを押す。

IMG_1305【2016.12.11】ケーブルカー

 そうすると、ケーブルカーがガタガタと揺れながら降り始める。そうすると、このケーブルカーの説明が数か国語で流される。傾斜42度、高低差170mを、5分間かけて下る。
 紅葉は、見頃を過ぎていた。

IMG_1317【2016.12.11】祖谷川

 この祖谷川沿いに、男湯と女湯がひとつずつあり、渓流の景色をながめながら、湯船につかることができる。なお、渓谷にあって上下水道施設が整備されているわけではないから、体を洗うことはできない。体を洗うならば、宿泊施設内にある「内湯」を利用する必要がある。
 ケーブルカーを下りてから、脱衣室で服を脱ぎ、温泉へと向かう。

IMG_1319【2016.12.11】祖谷川

 温泉は、白濁としていて、硫黄の匂いがぷんと漂う。近くに火山があるというわけではないが、そういう温泉が湧くようだ。温度はやや低く、40度を切っていたと思う。それは、冬という季節の問題なのか、そもそも源泉の水温が季節を通じてその温度で一定しているのか分からないが、とにかく正真正銘の「源泉かけ流し」である。
 もしここで地震や、岩盤の崩落が起こったら、僕らはこのまま裸で取り残されてしまうのだろうかというった話をする。もしそうだとしても、源泉かけ流しのお湯が沸き続けるんだったら、凍死することはなさそうだ。しかし、地震などをきっかけに温泉が涸れてしまったら、やはり、凍死してしまうんだろう。それは、滑稽な死に方だと笑う(笑)

IMG_1328【2016.12.11】祖谷川

 1時間くらい入っていたと思う。それから、内湯で体を洗った。宿泊施設内の内湯も温泉ではあったが、露天風呂の泉質とは異なり、白濁もしていなかったし、硫黄の匂いもほとんどなかった。同じ敷地にありながら、異なる源泉を利用しているようだった。
 香港人観光客のすがたもあって、すっかり国際化していた。
 ケーブルカーというアトラクションが面白いだけでもなく、景色が美しいだけでもなく、泉質がよいというだけでもない、全てを兼ね備えている、とてもよい温泉だった(笑)

■祖谷温泉
 住所 : 徳島県三好市池田町松尾松本367-28
 料金 : 1700円(ケーブルカー, 露天風呂, 内湯利用料含)
 受付時間 :  午前7時半~午後5時(利用は午後6時まで)


↑このページのトップヘ