地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

カテゴリ:日本 > 東京都

 東京大学本郷キャンパスは東京を代表する銀杏(いちょう)の名所である。11月の気温が高かったため見ごろは12月へとずれこんだが、今年も美しいすがたをみせてくれた。銀杏(ぎんなん)の匂いがひどいからと学生の頭を悩ませる存在でもあるとはいうが、それは銀杏を街路樹として植えるとき雄木だけを植えるという概念の無かった時代からの古い並木道であるという証拠だから、「歴史の長さ」を物語っていると肯定的にとらえればよいと思う。銀杏(ぎんなん)の匂いは、近代から常に日本の発展とともにあった東京大学の自負なのだと。現在、銀杏の苗木は、雄木と分かっているものの枝を挿し木や接ぎ木することによって生産されるというから、原則的には雌木は混じらない。したがって歴史の浅い銀杏並木においては、そのようなことは起こらない。

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

 東大の敷地の中では、東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏が綺麗だと思う。これだけ樹形のよい大銀杏は、そう簡単にはお目にかかれまい。

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

 樹齢は詳細はわからないものの、200年程度という。東京大学が創立される以前、この土地が加賀藩前田家の大名屋敷だったころから植わっていたということになる。本郷キャンパスを歩いてみると、この大銀杏がキャンパス計画における重要な「軸線」、すなわち正門と安田講堂をむすぶ軸線と垂直に交差する軸線の起点あるいは終点となっていることが分かる。つまりこの大銀杏は大名屋敷だったころに植えられ、明治時代、東京大学の敷地として整備されるときにはキャンパス内の道路や建物の配置に影響を及ぼしたということになる。この樹木無くしては、現在のキャンパス計画は成立し得なかったのである。

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

 風が吹き木々が揺れると葉がこすれて、ざざーんざざーんと、潮騒に似た音がする。 そして、いくつもの金色の葉っぱがきらめながら落ち、地面に当たってぱらぱらと音を立てる。その過程はまるで、波しぶきのようだと思う。

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

 風は強かったけれども雲一つない晴天だったので、たくさんの人が銀杏の木がみえるところでお弁当を食べたり、足をとめて写真を撮っていた。中にはタイ人観光客のグループもいて、銀杏の前でいろいろなポーズをとり熱心に写真撮影をしていた。東京大学本郷キャンパスの銀杏が綺麗だということを、どうやって知って来たのだろう。日本が外国人観光客によって、どんどん開拓されているな、と思う。通り一遍の観光地ではなく、もう少し日本人の生活に近いところに関心を持ってくれているというのは、とても嬉しいことだと思う。

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【2015.12.4】東京大学工学部本郷キャンパス1号館前広場の大銀杏

  2012年、2013年、2014年の秋に僕は韓国にいたから、この立派な大銀杏をお目にかかることはできなかった。4年ぶりに再会できて、嬉しいばかりだった。



 東京で思いもよらぬところから富士山がみえると、心がほっこりする。そこには、高いビルの立ち並ぶ東京で、よくも奇蹟的に残ってくれたんだという感慨があり、感動があるんだと思う。とてもありがたいような気がする。

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【2015.11.21】荒川の土手から

 北千住の町から、富士山がみえることを今日まで知らなかった。それが多摩地区であったり、東京23区の神奈川寄りであったらさほど驚かないのだけれども、東京東部、足立区北千住から、建物の高いところにのぼることなく、地面に足をつけたところからみえることを知り、僕は驚いた。東京都心の東側と、東京都心の西側100kmの距離にある富士山の間には、東京都心のビル群があるから、「富士山は都心のビルに遮られてみえない。」とだろうという勝手な推測があったためだろうか。試しに北千住と富士山頂上の間に直線をひいてみると、その線は山手線の内側の地域を通るのだが、それは田端・西日暮里のあたりや、本駒込、千石、護国寺、目白・高田馬場などの文教地区を通過しており、たしかに高いビルが林立するような地域ではない。

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【2015.11.21】荒川の土手から

 銭湯の煙突と、富士山が一緒にみえる。東京の銭湯のペンキ絵といえば「富士山」というイメージがあるから、銭湯と富士山は相性がよいように思われる。しかし、この東京で、銭湯と富士山が同時にみえる場所というのは、ほぼ無いものと思う。

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【2015.11.21】荒川の土手から

 土手を進み、やや角度を変えてみてみると、マンションの建設現場と富士山が重なってしまう。あのマンションは、どこまで伸びてくるんだろうか。伸びようによっては、富士山はマンションによってすっぽりと覆われてしまう。千住の荒川の土手からの富士山の眺望は、もう失われてしまうのだろうか。そう考えると、なんだか感傷的になってしまう。初めて出会った景色だというのに、もう別れを告げなくてはならないのならば。

■眺望点の位置
足立区立千寿桜堤中学校付近の土手の上



 東京タワーと東京スカイツリーが、青、白、赤のフランス国旗と同じ三色にライトアップされた。これは、11月13日に発生した、パリでの同時多発テロの被害者に対する追悼の意をこめたものだと説明されている。

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【2015.11.15】東京タワー

 今回のテロでは129人が犠牲になったという。フランスの歴史を揺さぶりうる悲劇だ。この悲劇に対して、我々のできることは、犠牲者に対する追悼と、平和な社会の実現のために我々は何ができるのかということを考え、また議論すること程度だろう。それは大切なことだと思う。しかしながら、三色旗を用いた追悼キャンペーンに、僕は違和感を感じる。そこには複合的な理由があると思う。
 10月10日、トルコの首都アンカラで102人が死亡する爆弾テロが発生した。8月・9月にトルコの地を旅行している間、アンカラ出身のトルコ人と話を交わしたことのある僕にとってはとても衝撃的な事件であったが、東京タワーや東京スカイツリーをトルコの国旗をもとにライトアップするようなキャンペーンはおこなわれなかった。また、パリの同時多発テロの前日、レバノンの首都、ベイルートで43人が死亡する連続自爆テロが発生したが、やはり東京タワーや東京スカイツリーをレバノンの国旗色にライトアップすることはおこなわれなかった。なぜ、フランスばかりが同情されるのだろう。なんぴとも、命の価値は同等であってほしいけれども、トルコやレバノンの犠牲者については顧みられないのである。
 次に、追悼キャンペーンをおこなうにしても、国旗でその意思を表現することが適切であるか、という問いである。たとえば一晩、消灯してみるだとか、平和の象徴である「白」や「黄」のライトアップを施すなど、その方法はさまざまだと思う。テロの本質には、人々の不調和というものがあると思う。世界が目指すべき調和というものは、国家や宗教を超越したものであってほしい。だからこそ、国旗による表現による、国旗の下での連帯を印象付けるという行為に違和感を感じる。
 また、海外ではこれが「(日本が)フランスと同調して戦っていく決意」として捉えられてしまうのではないかという懸念もある。日本人にとってそれは追悼の意でしかないかもしれないが、海外から「日本人はフランス軍による軍事作戦すなわちシリアにおける空爆などを肯定している」というメッセージとしてうけとめられても、仕方がない。「東京をテロの対象としてもよい」と、テロリストに伝えているようなものでもある。果たして我々にそれほどの覚悟があるのだろうか。東京タワーやスカイツリーは私企業として、あまりにも責任の重い選択をしてしまったのではないかと思う。いや、そもそもそれが重い選択であるかということについて。あまり考えてはいないと思う。

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【2015.11.15】東京タワー

 東京タワーのフランス国旗色ライトアップは、皮肉にも、東京がこれから国際的なテロリズムに巻き込まれていく、その序章であるかのごとく感じられた。そうではないことを祈りたい。



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