地球の覗き方

地球のことをのぞいてみよう

カテゴリ: タイ

 サイヨーク・ノーイ滝(น้ำตกไทรโยคน้อย, Saiyok Noi Waterfall)へと向かう。 

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【2017.10.22】国道323号線にて

 国道323号線を走る、8203番の路線バスを待つ。バス停近辺の食堂のおじさんは、バスは20分に1台ずつ来ると言ったが、待っていても、なかなかやってこない。
 反対側、下り方面はもう2本のバスが通過していったのに、上り方面のバスはやってこない。

IMG_5238【2017.10.22】コスモス

 「20分に1台なら、10分位待てばよさそうだ」とか言いながら、結局20分以上待った。

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【2017.10.22】国道323号線にて

 何台もの車が猛烈なスピードで過ぎ去っていくが、僕らのことを乗せてやろうとする車も現れない。タイも日本も変わらない。地方都市に行けば、車社会で公共交通は貧弱だ。
 バスがクラクションを上げながら近づいてくるのに気が付いて、バスに乗りこんだ。

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 サンクラブリー方面からやってきたバスは、サイヨーク・ノーイ滝の前を通り、カンチャナブリーへと向かう。途中、サイヨーク・ノーイ滝の駐車場で降りる。
 昼食は、駐車場の近辺にあったイーサーン料理のお店で食べる。

IMG_5250【2017.10.22】ソムタム

 タイはイーサーン、すなわちタイ東北地方の料理がおいしい。

IMG_5252【2017.10.22】ガイ・ヤーン

 タイ東北地方に行かずとも、タイ国内であれば大体、どこでも食べることができるようだ。

IMG_5253【2017.10.22】もち米

 タイ東北地方で主食としてよく食べられるもち米を手でちぎりながら食べる。

IMG_5255【2017.10.22】スープ

 あまりにもたくさん、注文してしまった(笑)

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【2017.10.22】豚肉

 2人で食べるには量が多すぎたけれども、残さないようにがんばって食べた。

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 旧プミポン国王が、2016年10月13日に崩御してから1年と少しが経ち、10月25日から29日にかけて火葬式が執り行われる予定であった。
 ちょうど服喪期間の最後であったが、タイでは火葬式の10月25日に合わせて、国中でマリーゴールドの花を咲かせるというプロジェクトが進行中で、国土の隅々にまでマリーゴールドの花が咲かされていた。

IMG_5259【2017.10.22】マリーゴールド

 旧国王は月曜日の生まれである。タイでは各曜日ごとに色が定められているのだが、月曜日を象徴する色は黄色である。そのため、黄色の花であるマリーゴールドを咲かせることで、旧国王を偲ぶことができる。

IMG_5261【2017.10.22】マリーゴールド

 雨季が終わり、乾季に入る。
 マリーゴールドの花は雨に打たれることなく、堂々と咲いていたのだった。


 難民モン(Mon)族の村を回り終えてから、リゾートに戻りまた2時間ほど、川遊びをする。

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【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 いつまで、カンチャナブリーで遊んでいたい。

IMG_5175【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 午前10時を過ぎると、宿泊客たちがチェックアウトをして帰っていくため、たくさんの送迎用のボートがリゾートを出ていく。

IMG_5176【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 僕たちは、最終チェックアウト時間である12時まで川を満喫した。

IMG_5177【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 なかなかいいところだったと思う。
 週末、1泊2日の予定でバンコクからやってきて、大自然の中で川遊びを楽しめる。電気を提供しない宿泊施設、川の水を直接引いたシャワーなど、これも都会ではできない、貴重な経験が楽しめる。
 また、ミャンマーからやってきた難民のモン(Mon)族たちが働いているわけだが、彼らの働きぶりや、リゾートの裏手にあるモン族の村を見学することで、知れることも多く、興味深い。これは、このリゾートを訪問する前には一切、知ることがなかった。
 #1078.タイのリゾートで働くモン(Mon)族の難民
 #1080.リゾートの裏手にある難民モン(Mon)族の村と学校

IMG_5187【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 総合的にいえば、とてもおすすめしたいリゾートである。
 欠点があるとすれば、竹組の家々は壁が薄いため、夜遅くに騒いでいる宿泊客などがあれば、その音が部屋の中に直に聞こえてきてしまうという点だろう。

IMG_5191【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 チェックアウトを済まし、ボートで出発をする。

IMG_5198【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 断崖絶壁の中を縫っていく。

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【2017.10.22】ボート上から

 水しぶきを上げながら進んでいく。

IMG_5217【2017.10.22】ボート上から

 15分ほどでクウェーノーイ川の旅は終わる。

IMG_5221【2017.10.22】プタキアン船着場

 プタキアン船着場(ท่าเรือพุตะเคียน, Phutakien Pier)に戻ってくる。
 隔離された世界での滞在はこれで終わる。携帯電話は4Gの通信をしっかりとつかむ。

IMG_5222【2017.10.22】竹林

 国道323号線まで歩いていく。

IMG_5224【2017.10.22】道

 畑の中を歩いていく。

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【2017.10.22】道

 雨季が明けてすぐの、強烈な陽射しに襲われる。

IMG_5228【2017.10.22】畑

 コスモスが咲く。

IMG_5230【2017.10.22】コスモス

 約20分ほど歩いて、国道323号線のバス停へと到着する。

IMG_5233【2017.10.22】バス停

 ここで、カンチャナブリー方面へと向かう8203番の赤い路線バスを待った。


 RIVER KWAI JUNGLE RAFTSの裏手には、タイに難民としてやってきたモン(Mon)族の村がある。

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 RIVER KWAI JUNGLE RAFTSで働く人々や、その家族が住んでいるのだと思う。その村の中を、散策することができる。

IMG_5097【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTSにて

 リゾートの裏手にある竹の橋を渡る。
 橋を渡る途中、ゾウに、スイカの皮やパイナップルの皮、バナナなどの餌を与えたりして、楽しんだ。鼻を、実に器用に使って、餌を口に運ぶ。
 ゾウに餌を与えるということは、ゲストにとってはなかなか魅力的なアクティビティーであるし、リゾートとしては厨房で発生した生ごみを処理することができてエコロジーでもあるから、よくできた仕組みだと思う。
 モン族の村へと入る。

IMG_5104【2017.10.22】モン族の村にて

 木造の、高床式住居がある。
 リゾートでは電気が提供されていないから、この村にも電気はないものと思ったが、太陽光発電機があって、蓄電された電気を利用しているようだった。

IMG_5111【2017.10.22】モン族の村にて

 村の中央には畑があって、パイナップルが作付けされている。

IMG_5113【2017.10.22】モン族の村にて

 オシロイバナが咲いている。

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 モン族の寺院がある。

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【2017.10.22】モン族の村にて

 タイのものとは、雰囲気が異なる。

IMG_5123【2017.10.22】モン族の村にて

 学校もある。

IMG_5127【2017.10.22】モン族の村にて

 学校とはいってもとても簡素なもので、強烈な日差しと、雨を避けるための屋根があるだけだ。そこには、黒板と机が置かれている。

IMG_5129【2017.10.22】モン族の村にて

 黒板には、ビルマ文字の表が貼ってある。モン(Mon)族の人間として、いずれは故郷に帰る人間としての、教育が施されているのだと思う。
 また、黒板の上には、王族の肖像画、それから水色のシリキット王妃の旗がある。王族の肖像画があるのは、タイの学校では一般的ではあるが、シリキット王妃の旗があるのを見ると、この学校の設立に関連して何か王家の施しがあったのではないかと思わせられる。

IMG_5131【2017.10.22】モン族の村にて

 学校は極めて簡易的なものだから、初等教育から先は、期待できそうもない。

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 崖下の道を行く。

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 階段を上がっていく。

IMG_5143【2017.10.22】モン族の村にて

 視界が開ける。

IMG_5153【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTS

 眼下にリゾートが見える。

IMG_5163【2017.10.22】RIVER KWAI JUNGLE RAFTS

 しばらく景色を楽しんでから、リゾートへと戻る。
 とても、興味深い村だった。


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